第14話 捜査会議の時間です

 死体が見つかったのは運動公園の隅。バスケットコートやマラソンコースといった人気の設備から離れたトイレの中だった。


 被害者は、かねてから捜索願が出されていた杉田健一すぎた けんいち、小学五年の十一歳。頭を殴られており、殺害されたとみられている。犯人は逮捕されておらず、警察は捜査を進めている──まとめるとそんなところだった。


「今度の子は、年がだいぶ上ねえ。小学校高学年の男子なんて、さらうの難しそう」

「犯人が複数なんてのはどう? それなら抵抗されても連れ去れるでしょ?」

「しかし、誘拐して身代金もとらずに殺しちまうって……どんな奴なんだろうな。普通できねえよ、そんなこと」


 社内でも皆が気になっていたのか、ざわざわと話し声がフロアに広がった。


「いやー、みんな気になってたっしょ? 空気を読める俺って、やっぱ将来大物になるよな!」

「……お前のその自信は、どこからくるんだよ」

「俺が言ったんじゃないって。なんか偉そうな坊さんが言ってたんだって」


 結局ランチタイムになっても、午後になってもその話題は続いた。


「先輩、飲み屋でもーちょっと語り合いません?」

「ごめん、今日はパスで」


 あかしは誘いを振り切ってバスに飛び乗った。署近くのバス停で下り、建物へと一直線に走る。ロビーに入ったところで、知った顔に出会った。


「おや、いらっしゃい鎌上かまがみくん」

「平日だというのに来てくれたのか、すまないね」

正則まさのり管理官、黒江くろえさん。こんばんは──?」


 挨拶をしかけた灯は、手をあげかけたまま固まった。黒江の横に、顔を真っ青にした男がいたからだ。腕に新聞社の腕章をつけている。


「この人は……」

「ああ、現場の捜査員にしつこく取材しようとしていたので、ちょっと注意を」

「ちょっとにしては怖がり方が異常なような……」

「さ、もう分かってくれましたね。行っていいですよ」


 黒江がそうささやくと、男はよろめきながら逃げていった。


「あの人、記者ですよね? 確かに鬱陶しいでしょうけど、あっちも仕事なんじゃ……」

「そうか、君は知らなくても無理ないな。署では、広報は副署長の仕事なんだよ」


 テレビや新聞の担当者は、原則として副署長以外とは話をしないことになっているという。


「ただでさえ忙しい捜査員が疲弊するのを防ぐという意味があるんだよ。──まあ、ルールを守ってくれない記者も多いがね」


 正則管理官はため息をついた。


「個々の捜査員は事件の全体を正しく把握していないこともありますからね。そういう個人の意見を記事にさせないという意味もあるんです」


 黒江が言い添えた。


「ただでさえ今は、警察への批判が高まっています。変なことを書かれたくありませんからね」

「そろそろ行こう」


 正則に促されて、灯は捜査本部まで移動した。前の事件と同じように部屋の奥にホワイトボードと発表用の壇、それに向き合うように長机が置いてある。


 正則はお偉いさんなので前へ行き、灯は常暁じょうしょうを見つけてその横に座った。黒江は後ろの壁にもたれて、立ったままでいる。


「皆、お疲れ様。話がたくさんあるので前置きは省く。検死の結果が出たので、三代川みよかわくんに報告してもらおう」


 正則の指示をうけて、三代川がうなずき壇に上がる。


「被害者は今から四日前に死亡したものと思われます。腐敗ガス膨満が、すでに始まっていました」


 三代川が話し始めると、捜査員たちがメモをとり始めた。


「頭に挫創ざそうあり、創の辺縁不整へんえんふせい表皮剥奪ひょうひはくだつを伴っています。これより成傷器せいしょうきの接触面は十二センチ程度と判断されます」


 再び、灯にとっては暗号としか思えないような単語ばかりが聞こえてくる。


「頭部亀裂部の皮膚が前方にずれていることから、鈍体は上方、やや後ろ側から衝突したものと思われます。頭頂部は陥没、後頭部にも骨折線がみられます」


 しかし捜査員たちは、いちいちうなずいていた。


「胃内容物はほとんど混濁液になっていました。小腸下部まで到達しており、食後三~四時間で殺害されたものと思われます」

「固形物は全くなかったのかな?」

「ニンジンや牛肉の破片がわずかに残っていました。彼の学校の給食を調べたところ、四日前がカレーで材料が類似しています」

「それが、死亡が四日前と言っていた材料のひとつでもあるんだね」


 正則の言葉に、三代川がうなずく。


「はい。私からの報告はここで一旦終了します」


 三代川が壇から降りると、がっかりしたようなため息がそこここからあがった。


「皆、今までの話を聞いて疑問に思ったことはあるか?」


 正則管理官に問われて、ぱらぱらと手が上がる。


「四日も行方不明だったのに、捜索願が出されたのは昨日だったんでしょう? 母親は一体、何してたんですか?」

「それについては聞き込みで分かっているよ。母親は大手企業でバリバリ働いていて、出張になると子供を置いていくこともあったそうだ」


 事件のことを、母親も知らなかったわけではない。しかし殺されているのは幼い女の子ばかりだったから、うちは大丈夫だろうと思い出かけていったという。


「そりゃ、気の毒な話だな」

「子供の腕や体に傷はあったんですか? 連れ去られる時に抵抗したら、いくつかありそうですが」

「それが、綺麗なものだったんです。眠らせて連れ去ったのか、それともあっさり従わせられるような知り合いだったのか……」

「第三の事件と似てますね。しかし、そんなに子供がなつくような人間となると限られる気がします」

「五・六歳の女児と小学生男子じゃ全然違うだろうに、そんな都合のいい奴いるか?」


 場がざわつき出したので、正則管理官が立ち上がった。


「それについては後ほど考えよう。今はとにかく、目撃者探しだ。四日前に健一くんと一緒に居た人間の手がかりは、わずかでも欲しい。並行して、彼の母親を恨んでいた人間も探さなければならないし。地取りと鑑取りの人数を増やすから、頑張ってくれ。特命と情報はあがってきたネタを調べること。──とにかく、五件目の殺人だけは絶対に防がないといけない。全力であたってくれ」


 気合いを入れる管理官に向かって、室内の捜査員たちが一斉にうなずいた。




 捜査員たちがあらかたいなくなってから、灯は口を開いた。


「……常暁さん。解説お願いします」

「前の会議の後も、そういう死んだ目をしてたな」

「まず、腐敗ガス膨満ってなんですか」


 常暁は「そんなことも知らないのか」と若干呆れている様子で、顎に手を当てた。


「単純だ。人は死ぬと腐って、体の中にガスが発生して膨らんでくる」

「あ、水死体とかが浮いてくるやつか……」

「そういうことだ。当然、気温が高い夏の方が腐りやすいから、三日もすればガスはたまってくる。春や秋なら二~七日。気温ががくっと落ちる冬になると速度が一気に遅くなり、一~二ヶ月以上かかる」

「そんなに気温で違うんですか……」

「冷蔵庫の中か外かみたいなものだからな」


 常暁はそこで言葉を切り、質問の続きを待っていた。


「そこから、カレーの下りまでの三代川さんの話に、暗号みたいな単語が……」

「挫創っていうのは外からの力でできた傷のこと。辺縁不整とは、縁の部分がきれいな直線じゃないってことだ。斧みたいな刃物の傷ではそうならない」


 噛み砕いてもらうと、だんだん灯にも状況がつかめてきた。


「その次のヒョウヒハクダツっていうのは、凶器が当たったところの皮膚が剥がれてるっていう考え方でいいんですか?」

「そうだ。物が当たったところの皮膚が剥がれるから、大体の凶器の大きさが分かる。その後の皮膚の方向や、頭蓋骨についての解説はいるか」

「いえ、なんとなくわかります。ありがとうございました。……それで、今のところ誰が怪しいと思われてるんですか」

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