第13話 矛先が向くは誰なのか

 疑われていると悟った弘臣ひろおみは、自分が殺されかけたことにすれば逃れられると考えた。警察に見つからなければそれでよし、見つかっても被害者だと言い張れば捜査の対象ではなくなる。


 弘臣は自分の腕を切って血を集め、コートとカットソーを傷つけてからそれをなすりつける。適当な時期に発見されるよう、美幸みゆきのブランドバッグの箱に入れ、ゴミ箱の上の方にそれを置いた。


 そしてそのまま弘臣は電車に乗って姿をくらまし、美幸は失踪を申し立てた。


「こんな感じですね」

「彼の言うことを信じておいでなんですか?」

「少なくとも取り調べ官は、嘘はついてなさそうと言ってましたが……証拠がそろわないことには、なんともね」


 金崎かなさきが困った様子で言った。


「どうせなら社長の指紋まで消しておいてくれれば、疑われることもなかったのに」

「それは無理ですよ。指紋が見つかったのは、パーツの内側でしたから」


 金崎が言うには、一つだけ大きな丸いパーツがあった。熱で溶接されていたので外してみると中が平面になっていて、そこに烏賀陽うがやの指紋が残っていたという。


「ああ、思い出したわ。そういえば、そんなものも作ったわね」

「弘臣も、あなたの指紋があったと聞いて驚いてましたよ。あれはなんなんですか?」

「生まれた子供と、両親の写真を入れてもらうパーツです。ほら、大人用でもロケットペンダントとかあるでしょう?」


 確か、姉が一つ持っていたなと灯は思い出す。


「蓋が外れて、赤ちゃんが口に入れてしまうと危ないので、完全に溶接してしまいます。そして大きくなったら開けてもらうという設定だったんですけれど」


 烏賀陽はそう言って肩をすくめた。


「あまりにも手間がかかって、うちの価格帯ではできないとわかりました。結局、サンプルだけで終わってしまいましたわ」

「お母さん!」


 大人の話の途中で、元気な声が飛び込んできた。


 短髪の少年が、ランドセルを背負って戸口に立っている。つんつんと立った毛先が、かぶった野球帽からはみ出ていた。


友彦ともひこ。来るときは電話をちょうだいと言ってあったでしょう。今、お客様がいらしてるのよ」

「あ、ごめんなさい。こんにちは」


 友彦はバツが悪そうに舌を出した。


ゆうくん、家にいるんだって。今日の夕飯、勇くんのところで食べてもいい?」

「あなた、またお世話になって──」

「おばさんはいいって言ってたもん!」

「全く、もう。ちゃんとお礼を言って、片付けも手伝うのよ?」

「わかった!」


 友彦は母の許可をとりつけると、すぐに飛び出して行った。


「元気なお子さんですね」


 金崎が扉を見つめながら言った。


「元気なだけが取り得ですの。躾が行き届かず、申し訳ありません」

「いや、しっかりあいさつのできるいい子じゃないですか」

「勇くんというのはなんだ?」

「……大人になっても、こういう物言いの男もいますからね。すみません」


 常暁じょうしょうの腹をはたきながら、あかしはフォローを入れる。


「息子さんの口調からすると、学校のお友達ですか?」

「そうなんですの。警察の方だからお話ししますが、実は病気のお子さんで」


 烏賀陽はそう言って声をひそめた。


「調子が悪くなると休んで家にいらっしゃるんですが、うちの子はそこへしょっちゅう行きたがるんです。確かに、ご近所ではあるんですが」

「それはもっと強く止めた方がいいんじゃないですか? 具合が悪いところにいくなんて、先方も困るでしょう」

「ああ、それは──」


 烏賀陽が何か言いかけた時、金崎の携帯が鳴った。彼は部屋を出て、すぐに戻ってくる。帰ってきた金崎の表情は、若干厳しくなっていた。


「社長、すみません。仕事が入りましたので、今日のところはこれで」

「あら、そうですか。お引き留めするわけには参りませんね。近藤さん、お送りして」


 灯たちも、金崎と一緒に外に出た。秋の夕方、廊下はもう薄暗い。


「あっ、常暁さん……足元に気をつけてくださいね」

「心配しなくても、俺は暗い道には慣れている。ダメなのは──」

「うわたっ!!」


 常暁が指さす先で、金崎が派手に転んでいた。


「だ、大丈夫ですか!? ここに防犯カメラをつけることになったので、いろいろ邪魔なものを外に出してて」

「ダイジョウブデス……」


 廊下の段ボールにつまずいた金崎は強がってみせたが、声が震えていた。そのままビルを出ても、彼はがっくりと肩を落としている。


「鬱陶しいから、その曲がりくねった姿勢をやめろ」

「……なーんで、この男がモテるかね?」

「そこは同意します」


 流石に金崎も、近藤の態度の意味に気付いていた。


「俺は素晴らしい中身に素晴らしいスーツなのに……女性が引きつけられるとしたら、まず俺のはずなのに」

「どっちもネズミ色の服だな。正直、灯と大差ないぞお前」

「黙れ貴様!!」


 金崎は怒っていたが、正直今日の装いはそっくりだなと思っていた灯は口をつぐんでいた。


「しょうがないですよ。あれ、黙ってれば絶世の美形ですから」

「美形の前には、水さえ優先的に配られるというのか……畜生……」

「気にするポイントがちっちゃいなあ」


 近藤が水道水を配る順番まで気にしていたとは、本当にプライドが高い男だ。


「それより、さっきの電話は誰からだったんだ」

「……黒江くろえさんからだよ。大変なことになるかもしれないから、署に戻ってくれって」

「大変なこと?」


 灯が首をかしげた時、再び金崎の電話が鳴った。


「はい。──はい、分かりました。皆、すぐそちらへ向かいます」


 今までの嫉妬に狂った顔が嘘のように、金崎の表情が引き締まる。


「子供が帰っていないと通報があった。全力で探すぞ」




 その翌日、灯は会社のデスクでうつむいたまま仕事をしていた。昨日の嫌な記憶が、頭を駆け巡っている。


 署に着いて子供の名前を聞き、常暁が術をくり出すとすぐに見つかったのだが……すでに子供は死体となっていた。


 母親がシングルマザーだったことから、連続殺人事件の四件目と認定され、直ちに捜査が始まった。


 灯はその時点で帰されてしまったため、それ以上のことは分からない。捜査がどうなっているかは、ニュースで知るしかなかった。


「あ! また殺人事件ですって!」

「お前、また社のパソコンでネットニュース見てたな!?」


 声をあげた後輩は、怒られてもヘラヘラ笑って意に介さない。


「だってー、もう四人目っすよ? 子供ばっかり狙われるし、気になるじゃないっすか」

「まあ、それはそうだが……」


 話している部長と後輩の横で、灯はこっそりパソコンをのぞきこんだ。


「四人目は……!? しかも、十一歳!?」


 こっそり見るつもりだったのに、灯は声をあげてしまった。


「ほら、鎌上かまがみ先輩だって気になるって言ってるじゃないですかー」

「……すみません、姪っ子がちょうどこのくらいの年なんでどうしても。昨日のニュースは、あんまり詳しくなかったし」


 謝りながら、灯は必要な情報を素早く頭にたたきこむ。


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