第2話 振り向けば死体

「どこまで話しましたっけ」


 あかしは目の前の常暁じょうしょうに向き直った。


「犠牲になったのはいずれも女児。一人目は七歳、廃工場で刺殺。二人目は六歳で、人気の無いため池に落とされていた。殺害場所がかなり離れていると言っていたところだ」


 二つの殺害場所は、車で一時間ほど。地下鉄やバスを使うと、接続が悪いのでもっとかかる。


「別人が犯人ってことはないんですか?」

「可能性は否定できない。ただ、犯人が目撃されているのは二人目の時だけだ」


 目撃された犯人は中肉中背、短髪に長いコート姿。男か女かも分からない格好のため、全く手がかりになっていなかった。


「一人目の時だけ、身代金要求があったんでしたよね」


 しかし指定された場所に犯人が現れることはなく、その後すぐに子供は死亡した状態で見つかった。


「最初から、金目的ではないだろう。電話の時に、子供を出しもしなかった。かけた時点ですでに殺害していたと、俺はみてる。三代川みよかわの解剖でもそうなっていたしな」

「……ええ」

「お前が怒っているのを承知で続けるぞ。解剖の結果、小児性愛者の可能性は早々に否定された。性行為の痕跡がなかったからな。つまり、ただ命を奪うことが目的だったわけだ」


 灯はうなずいた。


「親御さんが恨まれていたんでしょうか?」

「そうかもな。あるいは、『ただ突然殺したくなって』実行したか」

「……いくらなんでも、そんなイカれた人いますかね」

「いないという自信は持てない」


 常暁はやけに重々しく言った。


「人にそう『させる』存在は確かにいる。これ以上は聞いても言わんぞ」


 それが、あなたの言っていた「カンギテン」なんですか。そう問いかけようとして、灯はやめた。


「何か気付いたことはあるか?」

「そうですね。あえて言うなら、このブレスレットくらいかな……被害者、二人ともしてるでしょう」


 灯が写真を指さすと、常暁が顔をしかめた。


「確かに腕輪だが、色も形も全く違うじゃないか」

「自分でビーズやパーツを選べる店だから、こうなるんですよ。ほら、留め金は全く同じでしょ?」


 このブレスレットは「ピエニ」というブランドのものだ。どこか、外国の言葉で「小さい」を意味するらしい。


 その名の通り、ターゲットは子供や若い女性。ブレスレットを作っても、一本の価格は数百円程度。それでもうまくパーツを選べば安物に見えないので、けっこう人気があった。


「……これ、江里えりもたくさん持ってるんですよ。つけさせない方がいいですか?」

「姪バカめ。まだそうと決まった話じゃないぞ。捜査本部には伝えるが」


 そう言われても、気付いてしまうと頭から離れなくなる。全く、紗英さえを笑えたものではない。


「どうしよう。買い物にいくショッピングモールにも、この店入ってるんですよ」


 江里はそのことを知っている。絶対に連れていけと言うだろう。店頭で事実をばらすわけにもいかないし、どうしたらいいのか。


「それならちょうどいい。俺もついて行って、聞き込みがしたい」

「チェンジ!! やめてこれ以上問題増やさないで!!」

「……それは何かの呪文か?」


 灯が何度嫌だと言っても、常暁は素直に言うことを聞かない。そうこうしているうちに、結局連れて行くことになってしまった。





「ねーねー、あの人本物のお坊さんかなあ?」

「髪の毛フツーにあるじゃん、さすがにニセっしょ」

「でもイケメンじゃーん。あ、こっち向いた」

「……やはり、商業施設は賑やかだな」

「あなたのせいで三割増しです」


 袈裟とイケメン。その異質なかけ算は、若い女の子たちをひきつけていた。


「やっぱり、顔が見えるように髪を少し結ったのが良かったわね!」


 この事態を引き起こした紗英は、とても嬉しそうにしていた。


「これだけ男を連れていれば、犯人だって逃げていくわ」

「……まあ、こんな訳わからん連中を襲う奴はいない気がするよ」


 目立ちすぎだ。買い物には良くても、聞き込みには全然向いていない。女の子たちを追い払おうにも、集団でついてきて写真を撮っているのでなかなかタイミングがつかめない。


「店長を呼んでくれ。ここの腕輪が事件に関係していた可能性がある」

「……馬鹿正直に言っちゃうしさ、この坊主は」

「早くしてくれ。さつ……ムガッ」


 灯はとっさに常暁の口に菓子パンをねじこんで黙らせる。常暁は「食べ物を無駄にするわけには」という顔でもぐもぐと食べていた。


「すみません。本当に警察関係者なんです。物騒な話になりますので、どこか控え室みたいなところはありませんか?」

「あ……はい。それなら奥に、休憩室があります」

「そこへ行きましょう、あの坊主がパンを食べ尽くす前に」

「わ、わかりました」


 灯が常暁の背中を押す。二人で奥へ行こうとしたとき、紗英が振り向いた。


「ちょっと、あんたたちどこ行くのよ! 男が二人ともいなくなったら、意味ないじゃない」

「ええ……」


 ゴネられたので、仕方無く灯は常暁だけを送り出す。ちゃんと情報収集してくるか不安だが、今は任せるしかない。


「灯兄ちゃんはどっちが好き?」

「そっちの丸い方がかわいいんじゃないかな」

「じゃ、そうするー。兄ちゃん、手出して?」

「うわ、つめたっ。これ、香水?」


 江里は時々灯をからかいつつも、ニコニコしながらブレスレットを完成させていく。しかし一つできても、次々に他に手を出すため、見ている灯はだんだん疲れてきた。


「……姉さんごめん、ちょっとトイレ」

「えー?」

「すぐ戻ってくるからさ」


 紗英と江里が同時に眉間に皺を寄せたが、灯はそそくさと逃げ出した。


「どうもあのファンシーな空間にはなじめない……」


 全然なじんでないのに常暁は平然としているが、なかなかああはなれない。灯はスーパーや百円ショップの光景を眺めて癒やされる。


 しかし自分の手から甘ったるい匂いがすることに気づき、灯は顔をしかめた。


「これ、さっきのコロンが……」


 ブレスレットに混じって、安価なコロンのテスターがたくさんあった。さっき江里にかけられたその一つは、思っていた以上に強烈な香りだった。


「やだなー、落とさなきゃ」


 手を洗うために、灯はそそくさとトイレへ向かった。列ができている女子トイレと違って、男子の方はがらんとしている。


 灯が洗面台で水を流していると、腹の出た中年男性が一人入ってきた。家族と一緒に来たのか、女性ブランドものの紙袋を持っている。


 灯はなんとなく、個室に入っていく男性を見届けてからトイレを出た。


「うわあああああああっ!!」


 灯が入り口にさしかかったところで、後方から叫び声が聞こえてきた。その切羽詰まった声は、トイレで困ったというレベルを越えている。


 灯は反射的に、声の方へ向かっていた。


「どうしたんですか」

「あ、あ、あれっ!!」


 さっき個室へ入っていった男性が、腰を抜かしてへたりこんでいる。彼の指は、トイレの中をさしていた。


「……何かあるんですか?」


 男性の出したナニがあったら嫌だな、と思いつつも灯はトイレをのぞく。しかし便器の中には、透明な水があるだけだった。奥の荷物棚にも、特におかしなところはない。


「何もないじゃないですか。どう──」


 トイレの中で振り返った灯は、次の瞬間、言葉をなくした。


 最近、男性用トイレでも見かける、子供のための小さな椅子。その椅子に、すっかり顔色をなくした幼児が座っていた。


 全身、どこにも力が入っていない。死んでいる。


 その事実を脳が認識した瞬間、灯も床に崩れ落ちた。

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