第25話 脱法葬儀屋

 


 回収に立ちあわれますか、という問いに反応したのは、体の方が先だった。

 答える前に席を立ち、喫茶店を後にする。

 決断は行動の後についてきて、車に乗る頃になってようやく、龍生は妻の回収時刻を確認した。

 自ら管理することを放棄した管理者が、回収の立ち会いを希望することはほとんどない。

 だから収容所側もわざわざ管理者の予定を確認しないし、葬儀屋も自社都合で回収に来るのだ。

 告げられた時刻は車で直行すればぎりぎり間に合う時間であった。


「向かいます」


 それだけ告げて、通話を切る。

 公用車で収容所に向かう途中、課に連絡を入れたのは伊織だ。

 かねてより事情を知られているだけあって、勤務時間中に公用車で私用に向かうという龍生の行動は黙認されることになった。

 夕陽に照らされた円形状の建物に到着したのは、予定時刻より少し前だ。

 駐車場に車を停めると、龍生は思わずハンドルに顔を埋めた。


「はー」


 焦燥感に突き動かされるままここまで来てしまったが、今更死に行くだけの妻に会ってどうしようというのか。

 現実を前に、龍生は渦巻く躊躇に取り込まれていた。

 真木によって真実が明らかになった今、確認したいことなどもう存在しない。

 いや、そんなものは当の昔になくなっていたのだ。

 恐れるように、遠ざかるように、半端な使命感で中途半端な管理を続けていただけで。


 ──会って何を言う。何を言われる。


 ここまで自分を突き動かしたのは、結局答えを先送りにする優柔不断さだったのだと自覚して、龍生は皮肉に笑った。


「御堂さん」


 ふと伊織が龍生の注意を引く。

 顔を上げたのと、サイドウィンドウがコツコツと叩かれたのは同時だった。


「こんにちは。またお会いしましたね」


 ガラス越しにそう声をかけてきたのは、いつぞや目にした葬儀屋だ。

 確か、名を瓜生と言っただろうか。

 あの時と同じうさんくさい笑みを浮かべて、瓜生がウィンドウを開けるよう指先で示した。


「せっかく名刺をお渡ししましたのに、こうなるまでご連絡をいただけないなんて案外薄情でいらっしゃる」


「何のことだ」


 ガラスの隔たりがなくなるなり不可解な言葉を告げた瓜生に眉を潜める。

 瓜生が狐目を開いて龍生を見据えて言った。


「奥様のことですよ」


 その一言にぞっとする。

 目の前の葬儀屋は龍生がなぜここにいるのかその理由を知っているのだ。

 もっと言えば、最初に会った時から明日香が嘘花として特別収容所に入っていることを知っていたと見るべきだった。


「どうして……」


 呟くような龍生の疑問に瓜生が両眼を細める。


「こう見えて、私ども葬儀屋は情報が命なんです。特に嘘花に関わる仕事は利率がいいですからね。嘘花やその周辺の人間関係については、どこも独自のルートを使って把握しているものです」


「つまり、あんたのとこは脱法葬儀屋だと」


「さあ」


 隙のない微笑みではぐらかして、でも、と瓜生が言添えた。


「私たちなら奥様をお救いできるかもしれませんよ」


 言質は寄越さないが、餌はぶら下げる。

 思わず無言になった龍生を一瞥して、瓜生が助手席の伊織を眺めた。


「志摩さん。志摩伊織さんですね。あなたもご家族に嘘花がいた。あなた個人が嘘花にどのような思いを抱いていたかは分かりませんが、管理者となった心痛は想像できるはずです。ここで御堂さんがどのような決断をされても、咎めたりはしませんね」

 なるほど。伊織の前でも構わず声をかけてきたのは、釘をさせると確信してのことか。

 抜け目のなさに不快感を覚えていると、瓜生が再び龍生に視線を戻した。


「事件の経緯は知っていますが、瓜生さんだって奥様を憎からず思っているからこそ、ここまでやってきたのでしょう。彼女を見殺しにするのですか。きっと助けてほしいと望んでいますよ。せめて種子を残したいと願っているのでは」


「うるさい」


 瓜生の言葉を遮って、押し除けるように運転席のドアを開ける。

 これ以上聞いていたら丸め込まれそうだ。

 志摩さん行こう、と声をかけて、龍生は特別収容所に向かった。


「こうしましょう」


 龍生の背中に追いすがるように瓜生の声が提案する。


「奥様とお会いになって気持ちが固まりましたら、どのような文脈でも構いませんので私どもに『後を頼む』と仰ってください。然るべく対応いたします。契約の話はその後に。大丈夫、特別収容所を使えるだけの財力があるのですから、何も憂う必要はありませんよ」


 金さえ払うなら明日香を見逃すと、そういうことだ。

 重大な選択肢に猶予を与えられて、心がざわめく。


 見殺しにするのですか。


 その言葉を振り払うように、龍生は明日香のもとへと急いだ。

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