第16話 幼なじみの探り
「近いうちにまた参ります」
玄関を出たところでそう告げると、母親が分かりやすく迷惑そうな顔を作った。
特事課が嫌われるのはいつものことだ。気づかぬふりを決め込んでいると、思いがけない場所から声がかかった。
「あれ。お客さん、もう終わり?」
ずいぶん下からずいぶん幼い声が聞こえる。
開放廊下の手すり壁から階下を覗き込むと、共有スペースになっている公園から小学生の少年がこちらを見上げていた。
ベンチ付きテーブルに勉強道具を広げて宿題でもやっているようだ。
傍には先ほど目にした男子高校生がいて、同じく身を乗り出した紗良の母に無言の会釈を送った。
「紫乃、そんなところにいたの」
母親の声かけに、小学生の方が紗良の弟であることがわかる。
うん、と応じた紫乃が理知的な瞳を男子高生に向けた。
「あっくんがうちにお客さん来てるから、外で待ってようって」
「敦君が? ……まあ」
探るような瞳で母親が敦と呼ばれた男子高生を見つめる。その視線に背を向けるようにして、敦が紫乃に片付けを促した。
「ご近所のお子さんですか」
問いかけた龍生に母親が頷く。
「紗良の幼なじみの須藤敦君です。学校もずっと一緒で、たまにああして紫乃の相手もしてくれるんですが……何か勘づかれたのかしら」
最後の方は多分独り言だ。続けて母親が誰にともなく呟いた。
「嫌だわ、変な噂が立ったりしたら」
変な噂、とは紗良が【嘘花】になったことだろう。紗良が言う通り、この母親にとってそれは醜聞の類に入るのだ。
手際良く支度を終えた二人が二階の部屋に駆け上がってくる。
紫乃が背負っているランドセルは有名私立小学校の指定鞄で、両親が彼にかける期待の高さが窺えた。
紫乃を迎え入れた母親が付き添っていた敦に愛想笑いを浮かべる。
「敦君、紫乃を見ていてくれてありがとう」
「いえ」
言葉少なに応じた敦がちらりと向井家の扉に目をやった。
「おばさん、紗良元気?」
え、と一瞬母親がうろたえる。が、すぐに立て直して肯首した。
「元気よ。元気」
「学校休んでるのに?」
何でもないことのように指摘した敦に母親が言葉を失う。
賢い子だ。大人の追い詰め方を知っている。
感心していると、龍生の胸ほどもない高さの紫乃が敦に答えた。
「お姉ちゃん、元気だけど皮膚の病気なんだって。人に感染るから部屋から出ないようにしてるんだ」
「……へえ」
何か言いたげに居合わせた大人たちを見回したものの、敦はそれ以上何も聞かなかった。
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