第15話 化け物の家族
「ママが私を家族から隔離するのは感染を気にしてのことだけじゃないの」
腕を出しながら紗良が続ける。
「うちには歳の離れた弟がいてね。紫乃っていうんだけど、あの子には嘘花のこと、隠してるから」
ていうか、と紗良がスウェットパンツに足を通した。
「紫乃にも、紫乃の周りにも気づかれないように気を遣ってる。家族に化け物がいるなんて知られたくないもんね。紫乃は私と違って出来の良い長男だし……つまり私は諦められたってわけ」
二年で死に至る異形の姉よりも、弟の方を優先した結果がこの軟禁なのだ。
一見無情な選択のようにも思えるが、持て余して自ら葬儀屋を呼ぶ管理者もいることを考えると、どんな形でも紗良を生かしているこの状態は一概に責められることでもなかった。
ソファの下に座り込み、龍生と視線の高さを揃えた紗良がためらいがちに問う。
「ねえ私、死ぬの?」
紗良の問いには保健所が答えているはずだ。それでも確認せずにはいられないのだろう。
「化け物になって、殺されるの?」
視線が下がる。肩先が少し震えている気がした。
「どういう答えが欲しいの、君は」
優しい嘘が欲しいのか。厳しい現実で希望を潰して欲しいのか。率直に聞いた龍生に紗良がまた少し笑う。
「本当に死んじゃうんだ……」
龍生の反応から事実の補強を感じたらしく、紗良が自答した。
「嘘をつかなければいいんです」
突如投げ込まれた声に、龍生はぎょっとして背後を振り返った。
いつの間に戻ったのか、開けられたドアの前に救急箱を持った伊織が立っている。
あっけにとられている二人をよそに、部屋の中に入って来た伊織は紗良の目の前にしゃがみ込むと傷を確かめて手当てを始めた。
「嘘花の養分は人間の嘘です。嘘をつかなければ養分が供給されることはないので、成長を緩やかにすることができます。初期段階であれば全ての芽を摘んだ後、嘘をつかずに生活できれば発芽せずそのまま生き延びることだってできます」
「志摩さんそれは」
口を挟んだのは、それが理想論だと知っているからだ。
下手な希望を持たせるべきではない。
龍生は伊織を牽制しながら紗良に説明した。
「それは机上の空論だ。理論上そうであると言われているだけで、実際に生き延びた嘘花はいない。人が人である以上、嘘は不可分の存在なんだ。侵食速度の差はあれ、だからみんな定められた未来からは逃れられない」
殊更厳しい言い方になったのは、伊織が上げた期待値を削るためである。
妙な期待から紗良が逃亡でも図ろうものなら、それこそ凄惨な未来しかやって来ない。
葬儀屋に追われ、見つかり次第開花を待たずに強制処分される。人が作った規定から外れたものは人を脅かすものでしかなく、僅かに残されていた人権も、いきなり剥奪されるのだ。
そんなことは家族に嘘花がいた伊織になら身に染みて分かっていることだろうに。
そう、と呟いた紗良が折り畳んだ両膝の中に顔を埋める。
伊織は何も言わなかった。
ややあって、消え入るような声で紗良が言う。
「本当のことを教えてくれてありがとう」
それは死を覚悟した言葉であると、その時龍生は思ったのだ。
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