第2話 イトナの心境



 それは、イトナが報酬の願い事を言った時の事だ。


 イトナは自分を攫った犯人であろうその人物へとこう言っていた。


「俺の願いはこうだ。君を殺せる物が欲しい」


 その願いは、馬鹿げた最低なゲームに付き合わされた事の、せめてもの腹いせだった。


 記憶がなくなる?

 そんな事できるわけない。


 どうせ適当なほらをふいてこちらが怯えるのを楽しんでいるだけだと思っていた。


 だから、できるものならこんな無茶な要求を叶えて見せろ、と言ったのだ。


『攻略者βへの報酬でよろしいですか』

「ああ」

『攻略者βへの報酬、受理しました。神殺しの剣を報酬としてお渡しします』

「は?」


 合成音声が途切れるや否や、空から剣が振ってきた。

 橙の柄に太陽の意匠、血の様に赤い宝玉がはめられている。

 それを見て、場違いにも物語に出てくる勇者とかが持ちそうな武器だと思った。


 マジックでもない。

 そもそもそこには何もなかった。


 なのに、唐突に物が出現した。


 その事実に、背筋が冷たくなる。


 思い違いを、していたのかもしれない。


 今までずっとどんな事が起こっても、どこかに種がある、仕掛けがると思って来たけれど。


 俺達は、敵にしてはいけないものを、敵にしているのではないだろうか。


「貴方は……いったい何者なんだ」


 イトナは犯人へと問いかけるが答えは返ってこなかった。

 自分は何かとんでもないものと関わってしまったのかもしれない。

 そう思わずにはいられない。

 冷や汗が流れた。

 だがいくら知りたいと思っても、その正体は永遠に分からなくなってしまうだろう。


 こんな事ができるのなら、おそらく本当に記憶は消されてしまうのだろう。

 天才である自分でも消される記憶をどうにかするなんて事できるわけがなかった。

 そもそも何がどうなるのかさえ、見当がつかないというのに。


 イトナという名前は、達人が宙に張られた糸の上を歩く、というイメージから名付けた。

 自分にふさわしいと思ったからだ。

 調子に乗っていた証拠でもある。


 それがこのざまだ。


 これでは名前負けけもいいところで、自分には出来ない事ばかりだった。


 事ここに及んで初めて、今さらな事を考えてしまう。

 グレン達を信じていればそれも何か分かったのかもしれない。

 そもそもの事だが、監禁部屋から出た後、自分と同じ境遇の人間がいるのか探してみるべきだったのではないか、そういう風にも。


 ゲーム機と迷宮の関連性を把握した時、子供だという事を言い訳にして自分以外の存在を切り捨てた。


 グレンには偉そうに発言していたが、自分のせいかもしれないという事を認めたくないだけだったのだ。

 あの始まりの時、ほんの少しでも他人の事を慮る意思が自分にあったら、あるいはあの最後の試練の時、ほんの少しでもグレン達の事を信じようという気になっていたら……きっと結末は違っていただろう。


 事態がこんな風な終わり方を見せてしまったのは俺の弱さのせいだった。


 せめてこれからはそんな弱さで誰かを困らせる様な事はしたくない。

 何が何でも完璧な人間にならなければ、失った者達に申し訳ないだろう。

 だから、自分は罰を受けなければならない。


 時間制限がきた後、光に包まれていく。


 消えゆく記憶の中、俺はそんな事を考えていた。


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