イフ 24話分岐

第1話 失敗その後



 僕達は、最後の試練で失敗した。

 結果だけ見れば、生き残る事ができたから、いい方だと思う。


 けれどそうではないのだ。

 できれば、全員で生き残りたかった。


 けれどそんな願いは、イトナの暴挙によって無駄になってしまった。


 一体、どれだけの者達が零れ落ちてしまったのか。

 その失われたものの大きさを、考えたくない。


 リンカの声で我に帰る。


 知らない間に移動していたようだ。


「この部屋……」


 攻略の事でイトナと言い合いになった後、試練の部屋から移動していたらしい。


 自動で歩行していたようだ。


 あらためて、周囲に目を向ける。


 その場所は、今までの部屋と特に変わりがない。


 真っ白な部屋だ。


 けれどサイズ感が似ていた。


 僕が最初にいた部屋と同じ様な広さの、だ。まさか戻ってきただけなんじゃないか、と不安になる。


 言い表しようのない不快感に胸の内を焦がしていると、リンカが恐る恐るといったように床にしゃがみこんだ。


「これ……」


 何かを見ているようだ。

 彼女の視線を王都、そこには赤い点があった。


 血痕だ。

 赤い色の血が唯一この部屋に色を添えていた。

 だがそれは、すぐにリンカが手でさっと消してしまった。


 白い部屋の中では、それはよくめだった。

 その色は記憶を呼び起こすのには十分だった。


 出会ったばかりのころ、リンカは怪我をしていた。


 それを僕は聞いて、彼女はなんと答えたのだったか。


 怪我をした場所を思い出そうとするが、同時に思い出してはならないという気にもなってくる。


 頭に浮かんだその可能性が事実だとしたら、僕達はただ元の場所に戻ってくるために頑張っていただけになる。


 犯人は僕達を開放する気が無くて、ただこちらを見て楽しんでいるだけなのだと、そんな可能性が浮かんできそうになる。


 事態をのみ込めていないイトナが、けげんな表情でリンカに問いかける。


「何か分かったのか」


 リンカはすぐに首をふった。


「何でもないよ」


 その表情は固い。

 満足しなかったらしいイトナが、口を開いて追及しようとした。


 けれど矢先、白い部屋の白色に混ざって壁で保護色になっていたスピーカーから、合成音声のアナウンスが聞こえてくる。


『勇敢なる迷宮攻略者へ、攻略おめでとうございます。


 安全権利内の挑戦者とユニットの解放を宣言通り実行します。


 なお機密保持の為、攻略者の記憶は消去させてもらいますので、ご了承下さい。では、迷宮攻略報酬を用意しますので、それぞれが望むものを、三百秒後の迷宮解放までにおっしゃってください。


 時間切れの場合、攻略者報酬の権利は没収されます


 時間に余裕をもって、願い事をお伝え下さい』


 響いてきたのは、事務的な説明。


 無機質な、人間味のないセリフ。


 実際に人間が喋っているのではなくて録音していたものを、流しているだけのように感じた。


 迷宮を攻略したら解放してくれるというのは嘘でなかったらしい。しかもご褒美まで貰えると来た。


 そんなのは、捕らわれの姫を魔王の元から助け出した勇者に、どこかの国の王様かなんかがやる事だろう。


 現実味のない出来事だった。


「まるでゲームだ」


 ふざけている。

 所詮、僕達のあがきは犯人にとって暇つぶしの見世物おあそびに過ぎなかったのだという事が痛いほど分かった。

 信念も目的もない、きっとこれはただ楽しむための事件ゲームだったのだ。


 リンカは悲し気な表情でこちらを見つめている。

 ゲーム機に視線を向けたけれど、電源はつかなかった。

 あっちの迷宮の様子は分からなかった。


 実加達は、他の者達はどうなっているのだろう。


 イトナは、じっとスピーカーがあるところを見つめていた。


「最後まで事情は説明されず、か」


 何考えているのかよく分からない人間だったが、今は不満気な様子だった。


 小声でで呟いたきり、思考の海に没入していったようだ。

 結局知りたい事は山程あるのに全てが分からないままだ。試練をクリアすれば犯人に会えるのではないかと思ったのに、それも叶わなかった。


 僕は、声を張り上げる。


「おい、ゲームの中の死んだユニット達ってのは本当に死んじゃったのか? それくらい教えてくれたって良いだろ!」


 これで、聞こえているのかと思ったが、相手はちゃんと聞いていたようだ。


『攻略者αの報酬でよろしいですか?』


 事務的な口調で返答が返って来た。


 おそらくそれは、あらかじめいくつかのパターンを想定しておいて、録音していた者なのだろう。


 人が応答しているようには聞こえなかった。


「何でもいいから教えろ!」

『攻略者αの報酬、受理しました』


 苛立ちを込めて叫べば、返答が返って来るより前に、考えこんでいたはずのイトナが驚いた様子でこちらを見つめてきた。


「君は馬鹿か?」

「うるさい」


 どうしてこいつはいちいち人をイラつかせるよな事しか喋れないんだろう。

 言いたい事だけ言ったイトナは、それだけで再び考え込んでしまう。


 馬鹿か、なんて今まで一度も言われた事なかったが、そんな事に対して何かを考える余裕は今の僕にはなかった。


 隣で紅蓮を悲しそうに見つめているリンカの存在を意識すれば、心配をかけてしまっている事を少しだけ申し訳なく思えてくるが、それでもこの感情を抑えられそうにないのだ。


 発した疑問から数秒、スピーカーから流れる音声が答えをもたらした。


『攻略者αへの回答です。ユニットの死亡は確定しています』

「……」


 聞いて。膝から力が抜けた。僕は床にへたり込んでしまう。

 聞かなければ良かった。駄目だった。我ながら馬鹿な事をしたと思う。愚かしい。本当に馬鹿だ。


 最初から消えたクラスメイト達を助けられない事は決まっていた。 

 そしてたった今も、僕達の失敗のせいで助けられたかもしれない者達が助けられなくなった。


 積み上げたきたものが急激に色褪せていく。

 全ての事が、至極どうでもよく感じた。


 だって、意味がなかったのだから。

 努力も、信頼も、足掻きも。

 全部無意味だった。


 これで、どうやって希望を持てと言うのか。


 ……。


 リンカに視線を向けると、血痕があった場所をじっと見つめて黙っていた。


 うつむいていて、その表情は分からない。


 頭に思い浮かぶのは、両親達の顔だった。


 そういえば、あいつらの顔もろくに思い出せない。


 最近真正面から見ていないかったからかもしれない。


 顔をあわせて話をした記憶なんて、一体どれほど前の事だろう。


 イトナもリンカも、近くにいるはずなのに、急激に距離が遠くなったような気がした。


 どうしてかは、わからない。


 その距離はもう、永遠に縮まらないように思えた。









 失意の湖に沈み込んでいるうちに、二百秒も経過してしまったらしい。


 遺された時間がない。


『残り百秒です』


 スピーカーから流れる音声が僕達をせかしてきていた。


(考えろ。今、やらなければならない事はなんだ)


 思考をまわして、この状況を観察して、今までの事を振り返る。


 そうして得た答えは、呆れるほど納得できるものだった。


(そうだ、それしかない)


 僕は、俯いているリンカへ話をする。


「リンカ、身勝手なのは承知で頼みがある」


 顔をあげたリンカは、どこか恐れるように僕を見てきた。


 怖い顔をしているつもりはないけれど、緊張で表情がこわばってしまったのかもしれない。


 僕は、意を決してそれを伝えた。


「三百秒経ったら何もかも忘れるかもしれない。そんな事、本当に出来るのかって思うけど、本当にそうなりそうな気がする。だからいつか僕出会ったら、この事を思いださせて欲しいんだ。無茶な事言ってるって分かってるけど、忘れて何も知らずに生きてたくなんかできない。それでもし思いだせなくて、僕が人の命を軽んじるような最低な奴になってたら、俺を殺してほしいんだ」

「え?」

「酷い事、言ってるけど。そうするしかない」


 リンカは驚いた顔で、こちらを見つめ続ける。

 その瞳に涙がたまってきて罪悪感が刺激された。


 でも、今さら撤回なんてできるわけがない。


「紅蓮君、本気なの? そんな事、だめだよ。自分から死にたいって思うなんて、許さない」


 強い意志をこめて、こちらの意見に反対するリンカ。


 見間違えようがない。彼女は、怒っているように見えた。


「リンカ、ごめん。でも、そうしないと僕は許せない。ただ、覚えていてくれるだけでいいんだ。それだけで」


 けれど、彼女は僕の言葉を聞いて、自分の意見をのみ込んだようだ。


 きっと、そんな事無理だと分かっているから、なのかもしれない。


「覚えているだけで? 分かった。それで少しでも紅蓮君の気が楽になるなら」


 きっと到底納得はしていないんだろう。けれど、彼女は優しい。


 その優しさに付け込んでしまうのが、申し訳なくなってきた。


 けれど、それでも、これはしなければならない事だった。


「じゃあ私からも、私の事、忘れないでね。もし覚えていられたら私のこの名前の理由と本名教えてあげる、約束」

「ああ、分かった」


 さしだされた小指に、自分の指をからめる。


 リンカの唇が紡ぐ指切りの歌が、空々しく響きながら僕の耳に届いてきた。


 彼女は小指が離した手で、胸をおさえる。


 小声で「会えるまで生きていられたらいいけど」と呟いたのはどういう意味だったのだろう。


 リンカと再び会える時、僕はどうなっているのだろう。


 その後、リンカは願い事を言わなかった。


 彼女は誘拐犯に何も願わない事を選択したのだ。


 叶えてもらえるとは限らないし、その願いの言葉も相手を楽しませる材料になってしまうかもしれないから、と。


 一方、イトナは願いがあったようだ。


 彼はこちらが話している間に、犯人にそれを伝えていたらしい。


 何をいったのか気になったけれど、聞いても教えてはくれなかった。


 それからきっかり三百秒。

 地獄のような、迷宮攻略は幕を閉じた。





 部屋を満たしていく強い光。


 意識が断絶していく。


 それと同時に、記憶が消えていっているのを感じられた。


 迷宮の罠も、ゲーム機の事も、リンカの事も、イトナの事もだんだん思台瀬なくなってくる。


 忘却の中で、僕は考える。


 分かっていた。

 一番誰かを信じられなかったのは、信じなければならなかったのは自分だという事を。

 僕は最後までユニット達の名前を呼ばなかったし、リンカから名前以上のことを聞けなかった。

 イトナをなじる資格なんて、本当は自分にはなかった。


 だって、分からなかったのだ。

 人との距離をどう詰めればいいのかなんて。

 だから興味がないフリして、ゲームにのめりこんでいった。


 もし、次があるなら、など思えない……。

 次なんてもうない。

 失ったものは二度と返らない。

 僕は、ふさわしい罰を受けなければならなかった。


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