とある少女の物語




 ……。


 とある病室で過ごす少女は、一冊の本を見つけて目をほそめた。


 その部屋には、様々な本があったが、その本は今まで見つけた事がなかったからだ。


 少女は小首をかしげて、本を観察してみる。


 古い、本だった。


 皺が多く、紙は色あせている。


 どころどころすりきれているため、表表紙も裏表紙も何が書かれているのかよく分からない。


 しかし、どこか引き付けられる雰囲気があった。


「あれ、こんなところにこんな本あったかな」


 本を手に持って、あれこれと確かめてみる。

 ずっしりと重たい重量が手に伝わって来た。


 その重みが、少しだけ心地よく感じられる。


 内容が詰まっていると言う事は、歓迎すべき事だ。


 特に少女は、あまり外で遊べない体。


 部屋の中で暇つぶしできるものが増えるのが良い事だった。


「うーん、どうしよう。ずっと最近ゲームばっかりやって来たし、たまには読書もしてみようかな」


 少女は本を広げて、文字に目を通し始めた。


「えっと、なになに……。とある少女の物語……。ちょっと難しそうだけど、気分転換に読んでみよっと」


 やがて、少女は物語の内容に没頭しはじめる。






 あるところに疫病の流行った死者の村から逃げ出した一人の少女がいました。

 少女は故郷を離れて、助けを求めて何日も歩き続けますが、やがて力尽きて倒れてしまいます。


 いよいよ死神が微笑むのは自分の番かと覚悟をして、命の終わりの気配に怯える少女でしたが、奇跡が起きました。

 倒れた少女に救いの手が差し伸べられたのです。


 声をかけたのは小さな国の王女様。

 静養に出かけていた体の弱い王女様は、少女を助けて元気を取り戻す為に精一杯のお世話をしました。


 以前よりもはるかに元気になった少女は、自分にできる事で可能な事があるならば恩を返したいと王女様に申し出ます。


 しかし王女様は首を振って、その提案を断りました。


「私は見返りを求めて人助けをしたのではありません」


 だから、特別何かをする必要はないのだと。


 けれどそれでは気が済まなかった少女が、粘り強く何かないかと尋ねれば……。

 王女様はこう言いました。


「ならば私の友達になってください」


 王女様は体が弱くて、めったな事ではベッドから起き上がる事もままならない状態でしたので、仲の良い友達と言うものがありませんでした。


 少女はそれならばそれならばと頷きます。


「私が王女様の一番のご友人になります。どんな時でもお傍にいて、王女様の手となり足となり、何があっても助けましょう」


 それから二人は仲良く穏やかな日々を過ごしました。


 少女は病気も過酷な環境もない生活でのんびりと、

 王女様は、孤独のない生活で楽しく。


 けれど、そんな幸福な時間はある時終わりを迎えてしまいます。


 王女様のいる小さな国が、となりあった大きな国と戦争になって争い合うようになってしまったからです。


 王女様の国には他の国と争う力があまりありません。

 なので、たくさんの人が死んでしまい、たくさんの建物が壊されました。


 それだけではなく、国の状況が悪くなるのと同じように王女様の体の具合も以前とは比べ物にならないくらいに悪くなってしまいました。


「この国はもう終わりよ。だからどうか貴方だけはここから逃げて」


 王女様は友人である少女へ、そうお願いしますが少女は首を振ってその言葉を拒絶します。


「いいえ、そんな事はできません。私はあの日誓ったのです。私の心も体も、いつも王女様の傍にあると。だから最後まで決して離れたりはしません」


 それから数日後の事でした、王女様は少女のその言葉に喜び、そして悲しみながら命を落としてしまいました。


 主のいなくなった国はもはや亡びるのみ。


 けれど、少女は固い決意を胸に宿して立ち上がりました。


 王女様はいつも共に、少女はそこに寄り添うのみ。

 いつか交わしたそれは、王女様が死した今でも変わりません。


 だから、少女はこう思いました。


 これからは、私が王女様となってこの国を導こう。


 王女様のように体が弱くて、ベッドの上からおきあがれない身になってしまうけれど、甘んじてそれを受け入れよう、と。


 少女はその日から、王女様となって、国の者達を導きました。


 その考えは、そのやり方は、

 今までの王女様の物とは同じとは思えないような、犠牲のでるものが多く、誰かの屍を踏みにじらねばならないものが多くありました。


 けれど、少女は王女様でい続けました。


 最後の最後まで、戦い抗って……、


 王女様のいた国を守る為に。








 ……。


「何だか悲しい感じのお話だったな。


 物語を読み終えた私は、本を閉じた。


 長い話だったが、まとめると文字は多くはならなさそうだった。


 暇つぶしを終えた後は、背伸びをして少しだけリラックスした。


 何とはなしに私、本条凛ほんじょうりんは、少し前に会った事を思い出した。


 久しぶりに顔をだせた学校からの帰り道、そこでよく分からない蜃気楼に吸い込まれて拉致されて、迷宮脱出ゲームに参加させられた時の事を。

 あの時は本当に色々あったのだが凛は、同じような境遇だった誰か二人のおかげで元の場所へと無事に戻ってこられたのだった。


 覚えている。

 そう、試練の行われた監禁場所から戻って来た、と私は覚えているのだ。


 記憶は途切れ途切れで穴だらけ。気を抜いたら全部忘れてしまいそうになってしまうものだが、なぜだか凛はあの迷宮であった事を忘れずに、数日経っても思い出せていた。


 けれど、私はその時に出会った二人を探しに言ったりは出来なかった。


 よく思い出せないというのもあるのだが……。

 私は、世間一般から少し外れた境遇にあって、病弱ゆえにベッドの上から動けない体だったから。


「だから、ベッドの上で体を動かさなくても良いゲームをするしかないんだよね」


 そう言う事なので一日中どこにもいけない、と言う状況も少なくはない私が、日々暇つぶしにやっていたゲームを極めるのにそう時間はかからなかったのだ。


 ボードゲームやカードなどのアナログな物が大半だったが、それらをこなしていく考え方は、大いに迷宮攻略に役立った。


「オリガヌさんってすっごくゲーム得意そうだったけど。もしかして、ゲームしかする事なかったのかな。なんて……考えたって、分かるわけはないんだけどね」


 そう言う身の上である為に、その日の私は敵であったはずのオリガヌの事を考えてしまうくらいに、暇だったのだ。


 もともと人を嫌う事が得意ではないというのも、あるかもしれないが。


 やがて考える事にもあきてしまったため、いつも通りにゲームをしようとゲーム道具を探すのだが……その時、部屋の外からふいに女の子と男の子の声が聞こえて来た。


 子供の声。


 甲高い声がにぎやかしく徐々に、近づいてくる。


「だっから、いつもいってるじゃない。なんであんたはあたしが誘おうとすると嫌そうな顔になるのよ!」

「ウザいからに決まってるだろ。自分の態度を、客観的に顧みてみろ」


 どうやら二人は言い合っているらしい。


 女の子と男の子が何かで喧嘩をしているようだ。


 じっと耳を傾けていると、女の子の声がどんどんとがっていく。


「ウザいってあたしのどこがウザいのよ! せめてお節介って言いなさいよね。こうしてあんたの怪我見せるのにつきそってあげてるんだから」


 それを聞いた男の子の声も、比例してどんどん不機嫌に。


「頼んでないだろ。喧しい奴」

「何ですって!」


 思わず少し心配になった。


 片方の声、男の子の声は聞いた事のあるような声なのだが、上手く思い出せなかった。

 

 それからも様子を伺っていると、二人はあれこれ言いあい続けている。


 遠慮のないものいい、と言う奴だった。

 距離感が近い人にしかできないやりとりだ。


 表面的には、互いに互いを毛嫌いしているような気配がする。けれどよく聞いていると、それはフリで実はそんなに仲が悪くはないのだと思えた。


(機嫌は悪そうだけど話しは楽しんでそうだもんね。ちゃんとその人が嫌いな人は、あんなに面と向かって長々と話をしたりはしないよ)


 小さい頃から、体の事で度々人に迷惑をかけて来た。

 だから私は、いつも顔色を窺って過ごしてきた影響で、人の気持ちが少しだけ分かるようになったのだ。


 考えている内に、部屋の外の状況が変わったのか、何か重たいものがぶつかる音が聞こえてきた。


 女の子の声が聞こえてくる。


「いたっ!」

「おいっ、大丈夫か!」


 そして、男の子が心配するような声。

 そこに続くのは、新たな第三者の声だ。


 こちらもどこか聞いたことがあるような声だった。

 どこか繊細そうで、不安げな声。


「すまない。俺のせいだな。おじいさまのお見舞いにいこうと、少し急いでいたんだ」


 その言葉に女の子が応じる。


「別に良いわよ。紅蓮が後ろにいたおかげで転ばずにすんだし」

「俺は、そのせいでまた怪我して、顎を打ったけどな」

「何よ。細かい男ね」


 それからも部屋の外では、その三人の少年少女たちが楽しそうに話を続けている。


 なんだか、ここでじっとしているのがもったいなく思えてきた。


 私は、事情が事情の為、多くの運動はできない体だけれど、少しくらい……部屋の扉付近くらいまでなら行動した内に入らないだろうと思った。


(一体どんな子達なのかな。暇だったし、私だったしもちょっとお喋りに混ぜてもらおうかな)


 ベッドから抜け出して、床に足を付けて歩き出す。


 病院の中には知り合いばかり。


 向こうから歩いてくる人も、角をちょうどまがっていった人も、患者さんを気にする看護師さんもお医者さんも、みんな私の知っている人ばかり。

 

 彼らが悪いわけではないけれど、そういう環境にいると、少しだけ退屈してしまう。


 だから、出会いを求めるのだ。


 私は声を頼りにして、そちらの方へ歩いていく。


 今もそこにいるだろう、まだ見ぬ誰か、友達になれるかもしれない誰かとの楽しいおしゃべりに、胸を弾ませながら。


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