第34話 また






 ――――また、会おうね。

 ――――どこかで会おう。






 気が付いたら僕は通学路に倒れていた。

 時間は長くない。せいぜい長くて数分と言ったところだろう。

 それは通りかかったクラスメイト達に起こされて分かった事だ。


 一体自分はどうしたのだというのだろうか。

 こんなところで気を失うなんて。


 府に落ちないながらも、僕はその場を後にする。

 己のことを気にかけるクラスメイト達の心配の言葉を置き去りにして。


 これが橘紅蓮としての正しい行動。

 今までと同じ事だ。


 だが、それなのになぜか……。


「……?」


 自分でもよく分からない感情が湧き上がってきて、足を止めてしまう。


 何か大事な事を忘れているような気がする。

 気を失っていて、目を覚ますまでの間に大事なことがあって、様々な事を見て聞いて、そして気づいたはずなのに。

 忘れたまま、それらを思い出せないでいるような気がしてくる。


「紅蓮、返事くらいしなさいよ」


 そこに、先ほど声をかけたクラスメイトに交ざっていた一人の少女、実加が近づいてくる。


 たまに僕に絡んできて、頼んでもないのに話しかけてこちらを気にしてくる煩い女子生徒だ。


「何だよ」


 不本意ながら、渋々と言った様子で振り返って返答をすれば、実加は目を丸くした後、僕の襟首を掴んだ。いや、引っ張った。


「何でアンタが、あたしのマフラー付けてんのよ」

「え……?」


 言われた言葉に首元を見下ろすと、確かに実加の持ち物であるはずの赤いマフラーが自分の首元に巻き付けられていた。


「何で……」


 どうして、と思う。

 拾った覚えも、自分の首に巻いた覚えもないというのに。


 盗んだわけでも、落ちていたのを拾ったわけでもない事は己の記憶を省みれば明らかだ。早く返すべきだろう。

 けれど、その事実に対して何かしなければと思うのだが、僕の口が動かない。体が動かない。


 返さなければ、と思う度に僕の心が行動をとる事を拒絶するのだ。


 これを返してしまったら、今は思い出せない大事な何かが、自分の中から抜け落ちてしまうような、そんな感じがして……。


 おそらく自分は、今までの人生の中で一番おかしな顔になっているだろう。


 そんなこちらの顔を見つめていた実加は、呆れたような声で話しかけてくる。


「そんなに気に入ったのなら、……あげるわ」 

「え?」

「ちょうど新しいの買い替えようとしてたところなのよね。……うん、思ったより似合ってるじゃない」


 そう言って満足げに笑った実加は僕が「良いのか?」と思うよりも、言葉にするよりも早く、こちらの手を取って駆けだしていた。


「……っ、おい!」

「数が足りないのよ、ドッジボールの。どうせ暇なんでしょ? 付き合いなさい」

「暇なんかじゃない、お前らと一緒にするな」


 抵抗の言葉も聞かずに、こちらの手をつないだまま他のクラスメイト達の元へ向かう実加。その手を強引に振りほどく事はきっとできただろうけど、僕はしなかった。


 女の子らしくもない乱暴な手つきと、熱っぽい掌の温度。


 重なるのは、何故か正反対の感触のする手のひらで……。


「……今日だけだからな」


 込み上げる悲しさや、辛さや、懐かしさをごまかす様にそう呟いていた。






 それぞれの日常に戻った子供達を空から眺めながら、迷宮制作者であるオリガヌは笑い声を上げていた。


「あはは、うふふ。ありきたりなハッピーエンドって感じだけど、これもこれでなかなか、ね。暇つぶしに始めたゲームは思わぬ収穫だったわ」


 オリガヌという名を持つその人物は、その自らが浮かんだ空中の近くにに可愛らしいハートのクッションを出現させ、胸に抱きよせた。


「ゲームの神様なんて信じちゃって、子供らしい。本当に可愛らしいわねぇ。大人だったら、こうはいかないわ」


 手加減をした盤面は、オリガヌの甘さを反映させ、迷宮の難易度を少しばかり落としていたのだ。


 唐突に訪れる災害に、理不尽に理由などない。

 細かな目で分析すれば原因となるようなものが見つかったりもするだろうが、発生して巻き込まれるのは偶然……全て天運だ。


 オリガヌは災いをまき散らしただけで、それに偶然巻き込まれた子供達はあの子供達なりに解釈したに過ぎない。


 けれどちっぽけな人間は抗う、そこから何かを生み出し力に変え、その先にある非情な運命を変えようと、無謀としか言えない道のりを歩き続けるのだ。

 オリガヌはそれがたまらなく、愛おしい。


 そこで得た答えは、始まりが何であろうと揺るぎようのない真実である。

 オリガヌはそれがたまらなく、嬉しい。


 もっともっと、苦難を乗り越えて欲しいと思う。

 苦境を超えて、絶望に抗い、信じられないような軌跡を手にする……、そんな最高のゲームの内容を味わいたいと、楽しみたいと思っている。


「私は、遊戯の魔女オリガヌ。悪魔に魂を売り、人の血をすすり、屍を踏み越え、煉獄を踏破した軌跡の末の奇跡」


 にやり、と口元に弧を描いて、オリガヌは呟く。


「魅入られた者は、私が納得するまで逃げられないんだ。さようなら。また、私に会わないように注意しててね……小さな攻略者さん達」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る