第33話 ハッピーエンド
部屋を出てすぐ、また新たな部屋へと入ると、背後で扉が閉まった。鎧武者達が追いかけてこられなくなる。
そしてその部屋の中央に現れるのは、オリガヌだ。
紙吹雪やらの演出を付け足して、賑やかしく、にこやかに笑みをたたえて。
何もない所から、まるで魔法の様に出現する遊戯の神様だ。
正体が知れた今だが、やっぱり変な感じがした。現実でそんな魔法みたいな事が起きるなど。
しかし、それ以上に衝撃的なのは犯人が顔を見せた事だろう。
女の声で喋る事もあったが、迷宮にある数々の試練からも分かる通り性格の悪い事を考える人間なのだから、てっきりそんな感じの性格の悪そうな中年オヤジみたいな奴だと思っていたのに……。
『おめでとー、迷宮クリアだよ。約束通りちゃんと、君達は全員解放してあげる。大丈夫、嘘なんかじゃないから』
目の前に現れたのは、どこにでもいそうな普通の人間の、認めたくないがちょっと可愛いとも言えなくはない見た目をした女の人だった。
神様だと言うのなら、容姿などのそこら辺は自由に変えられるのだろうか。
しかし……。
(散々色々やっておいて大丈夫なんて言われても、信用できるわけないだろ)
かけられた言葉に、そう思う。
だがそう言ったところで、信じるしかないと言う現状は変わらないのだろう。文句を言ったところで意味などないのだ。僕達は捕らわれの身で、初めから対等ではないのだから。理不尽を強いられる世界。でも、それが紅蓮の知るゲームの世界でもあった。
そんな僕の内心を感じ取ったのか、オリガヌはにこやかな表情で、気分良さげに話しかけてくる。悪魔の笑みにしか見えない。
『おやおや、意外かな? オリガヌさんがこーんな可愛い女の子だってびっくりした? 子供達の前に出るんだから、夢と希望に溢れる姿にしてみました。あと、親しみ?』
逆効果なだけだ。
姿だけだったら本当にその通りなのだが、性格がそうじゃないのでやりにくい。
だが、警戒心を忘れず緊張もとかないでいると、こちらを見つめるオリガヌが、様子をかけてきた。
声の調子を少しだけ低くして、言葉をかけてくる。
『そんなに緊張しなくてもいいのに。うふ……私はゲームをクリアした者には肝要だからねー。クリアできなかった者は知らないけどぉ』
先程の笑みからいっぺん、妖しげな表情になって冷酷な光を宿した目に見つめられて、冷や汗を掻く。
それを取り成す様にリンカが明るい声で喋ってくれるので、その雰囲気に救われた。
「じゃあ、これでちゃんと終わりなんだね。よかったね、紅蓮君」
「あ、ああ」
「私達が力を合わせて頑張ったからだよ」
「うん、そうだな」
以前オリガヌは油断できない相手だ。だが、こいつは性格が悪くて、血も涙もない性格ではあるものの、嘘つきではなかったようだ。
取りあえずは、クリアできた事を認めるつもりでいる事にまず安した。
(最後の試練が、本当に最後になって良かった)
不本意だが、オリガヌの宣言にさすがに安堵しているらしいイトナと顔を合わせ、ほっと息を吐く。
あとは……そうだ。前回のクリア後に聞けなかった事を聞いておかなければ。
「お前は、ゲームの神様なんだよな。俺達の事、怒ってるのか?」
それは見ないフリをして、聞かないフリをして、気が付かないフリをしてきた自分ときちんと決別する為の重要な話だ。確かめないまま終わるわけにはいかない。
問われた神様は、とぼけるような表情で肩をすくめる。
『ん? さあ、どうだろう。でもどっちにしても、ここで簡単に答えを言っちゃ駄目だと思うんだよねー。私はゲームは好きだけど、実は完全な味方はしないから。ゲームがゲームである事に口を挟む事はしないつもりだしぃ……』
到底理解しがたい性格をしている神様は、人によっては残酷だと思えるような理由で今回の事を始めたらしい。だが、彼女(と言っていいのか分からないが)は彼女なりにゲームの事を考えているようだ。
だから、僕が望む様な答えは言ってくれないらしかった。
そんな事は自分で考えろ、と突き放される。
勝手だと思う反面、しかしそれも今の僕には分かる気がしていた。
ゲームはやる人間によって導き出される答えが、感じ方が、解釈が違うから。
それを、前回のクリア後にイトナから思わぬ形で教えられた。
僕は僕なりの答えを、見つけなければならないのだろう。
目を閉じて考えてみる。
「……少しだけだけど、ゲームの中のキャラクターの事……、気持ちが分かった気がする。同じように考えろってのは無理があると思うけど、どうでもいい存在なんかじゃないって事だけは分かった」
どうでもいい存在なんていない。
例えゲームのキャラクターでも、それぞれの設定があり、歴史があるのならそれはただのデータではないのだと、僕は今回の事でそう思えた。自分勝手な理由で命を奪っていくのはゲームに対して不誠実な事だと、そう感じもした。イトナの様には割り切れない。
ゲームを動かしているのは主人公の僕だ。けれどそれは、プレイヤーだけで完結するような品物ではなく、それぞれの役割のキャラクターが協力してできているもの。だから、蔑ろにしていいはずがない。軽はずみに消化して良い世界ではないのだ。
「橘紅蓮としてじゃなく、その世界に生きる一人の勇者としてゲームに向き合うべきだったんだ」
できるかぎりゲームに真剣に向き合う事、僕が逃げる為ではなく、その世界に生きる物として彼等と向き合う事、それが大事な事だとそう思ったのだ。
だから、今までの罪は罪として残ってしまうが……。
そんな答えを聞いたオリガヌは、ほんのわずかだけ表情を変化させた。純粋に優しく見える笑みを浮かべて、こちらへ言葉を放つ。
『そっか、それは良かった。私も労力を使ったかいがあったね。ゲームをただのゲームとして使い捨てる様なプレイヤーは、好きじゃなかったもの』
それはほんの一瞬だ。
見間違えかと思う刹那の出来事で、表情はすぐに元に戻ってしまうのだが、確かに僕はそんなものを見たのだと確信した。
「罰は下さなくても良いのか」
『別に、興味ないかな。迷宮で十分思い知ったでしょ?』
それは確かにそうだ。思い知ったと言うか、嫌という程この身で味あわされた。
『それで充分、じゃあ、そろそろ元の場所に返すねー。これからも末永くゲームと付き合ってくれると嬉しいわ』
それはどうだろうか。結構トラウマになるようなことばかりあったのだ。
しばらくはちょっと無理かもしれない。
あれだ。
スプラッタを見た後に焼き肉を食わされる様なイメージ。
オリガヌはにこにこしながら手を振ってくる。
『じゃあねー。また縁があったら、次も私と仲良くしてね』
それは謹んでお断りしたい所存である。機会の方も、仲良くの方も永遠に来てほしくなかった。
(こんな事が二回もあってたまるか)
悪戯っぽい笑みを浮かべたオリガヌは、有限実行とばかりにさっそく僕達の前に小さな蜃気楼を出現させる。いきなりだ。
「え、ちょ、ちょと待てお前っ」
「なるほど、これはあの時のか……」
「わ、蜃気楼かな……?」
それは周囲の景色を滲ませながら徐々に大きくなっていく。
間を読めとか、余韻を考えろ、とか言いたい事が色々ある。
いきなりすぎるだろう。
帰してくれるのは、ありがたい。
非常にありがたいのだが、もう少し名残と言うか余韻という物があってもいいんじゃないかと思うのだ。
というか、前回の褒美うんぬんはどうなったのか。
別に欲張って欲しいわけじゃないが、どうなっているのだろう。
あれは、もしかして失敗した僕達を試していたのか?
チャンスを与えるために?
(え、本当に? あの性格の悪いオリガヌが? 嘘だ)
信じられなかったので、ただ罠をはられただけという事にする。
あいつは絶対中身が悪辣だし、善意で何かしてくれるなんて思わない方がよさそうだ。
奴は嘘はつかないらしいが、意地の悪い真似はしてくるのだから。
とにかく、蜃気楼がもう身の丈程大きくなっている。
もう少ししたら、この迷宮にやって来た時の様に紅蓮達を吸い込み始めるのだろうか。
これでは最後の説明だけして、エンディングシーンを飛ばしまくってEND画面に行くようなものじゃないか。
「リンカっ」
とにかく、何か言わなければ。
ここまで、ずっと僕を助けてきてくれた少女の名前を叫ぶ。
まだ、彼女の本名聞いてない。
名前は、と聞こうとしたところで、彼女が口を開く。
視線の合ったリンカは、こちらの言いたい事が分かっているようだった。
「
「僕は橘紅蓮だ」
「やっぱり本名だったんだね」
花のつぼみが綻ぶような笑みを浮かべ彼女。
短い間だったが、悲しそうな顔も楽しそうな顔も、不安そうな顔も色々な表情が記憶に残って言う。だが、彼女のそんな表情はもう間もなく見れなくなる。
「……偽名じゃなかったのか? なるほどこんなよく分からない状況で本名をなのるなんて、君は馬鹿だったんだな。……俺は
次にかなり失礼な事を言って、名乗るのはイトナだ。
(こいつとは最後まで反りが合わなかったけど、でもそう嫌いな奴でもなくなった)
残念な天才。口か協調性の無さか、そのどちらか治せば日常でも他人との軋轢が減るだろうに、と思う。
「お前はもっと一人で突っ走るのやめろよな」
「馬鹿な君に言われたくない」
「何だと!」
最後にお節介でそう言ってやればそんな口ゲンカになってしまう。
ひねくれた物言いも本当に直した方が良いと思う。
そうやって互いに短すぎる、名前を名乗るだけの自己紹介をした直後、巨大化した蜃気楼がとうとう引力を発生させたらしく、体が引っ張られてしまう。
ねじ曲がった空間に引き寄せられ、意識が途切れそうになる。
二回とは言え、通常の人生を送っている者なら決して体験できるものではない異常に巻き込まれているのだ。その瞬間はかなりの恐怖を感じざるを得ない。
記憶は、残るんだろうか。また、二人と会えるだろうか。どこに移動させられるのだろうか。
そんなとりとめのない疑問が一瞬頭の中を埋め尽くして。
そして、すぐに何も考えられなくなる。
最後に……。
「また……」
「どこかで……」
二人の声で、何か聞こえた気がした。
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