第32話 起死回生のアイテム
――――。
生死の間際や、大変な状況にいると人は走馬燈の様な物を見るというのを聞いた事がある。
僕は結構他の人間とは変わっていたつもりだったが、そこの所は同じだったらしい。
思い出す事がある。
雪の降ってる寒い季節。
普段はめったにしない忘れ物を取りに教室へと戻ると、そこには先客がいた。
実加だ。
彼女は憮然とした表情をこちらに向けてくる。
「何でないのよ。あ、ちょっと紅蓮。手伝ってよ」
なれなれしく助力を請おうとしている実加は話を聞くに、大事なマフラーを失くしてしまって探している最中らしかった。
動作がいちいち苛立たし気で、心境がまるわかりだ。
「もうかれこれ一時間も探してるのに、全然見つからないのよ」
少し見ていたが、見つけられないわけだ。
実加の探し方は要領が悪い。
手あたり次第で、思いつき。と言った感じ。まるで、理にかなってない捜索方法だった。
そんなだから寒い中で一時間も、暖房のついていない教室で探し続ける羽目になるのだ。
僕は呆れた声と呆れた表情を装備した。
「はぁ、重要なアイテムはそんな目につくところには落ちてない」
「はぁ?」
不可解そうな表情を向けられ、不可解そうな声をかけらえたが無視。
中々見つからない品物の捜索にはコツがある。
よくあるゲームの法則に則って、僕は教室の中を歩た。
こういう時はたいてい、フィールドの死角になる場所とかに、重要な宝箱がよくあるのだ。
窓際にあるカーテンをめくると、その向こうに会った窓湧くに、目当てのマフラーが丁寧に折りたたまれて置かれていた。
僕は見つけたそれを、実加へと放り投げる。
彼女は慌てた様子で、ふわりととんできたそれを受け取った。
「投げないでよ! ……て、なにこれ。何か入ってるわ」
訝しんでいる様子の実加に構わず、これ以上面倒な事に巻き込まれてはたまらないと思って、教室を出て行こうとするのだが……。
「ばかっ、何よこれ」
「ぐぇっ! おい、お前っ」
実加がその背中に追いついてきて、背中の服を思い切り引っ張った。
抗議の言葉を良いに振り返ると、その手には冬に暖を取る定番の持ち歩きアイテム、カイロが一つ。
「こんなのがマフラーに挟まてたんだけど」
「さあ、知らない。誰かがいたずらに入れたんだろ」
「何の為によ」
「だから知らないって言ってるだろ」
シラを切れば実加は不満げな顔。
実を言えばそれを挟んだのは、ついさっき僕がした事なのだが、喋っても面倒になりそうだから言わないでいるだけなのだ。
「ふん、良いわよ。これはあたしの物。勝手にもらってもしらないんだからね」
「僕に聞くなよ。そうしたければそうすればいいだろ」
面白くない、と言った様子で実加は僕を追い越して教室を出ていく。
だが、その瞬間小さく。
「……ありがと」
そんな言葉が聞こえたのは、たぶん空耳だとその時の紅蓮は思った。
……。
脳裏に蘇った回想が終わる。
つかの間の思い出の本が閉じられる。
僕は感じた熱の元へ……と視線を動かしていた。
(なんだ……?)
そこにあるのは、実加のマフラーだけだ。
剣を持つ手とは逆の手で探ると、重ねられたマフラーの隙間に、硬い手ごたえを感じる。
指を入れてそれを取り出すと、小さな防犯ブザーが目の前に現れた。
(あいつ、ブザー隠し持ってたんじゃないか……)
だがあの蜃気楼に遭遇した時は否定していたので、ひょっとして存在を忘れていたのかもしれない。あいつそういえば馬鹿だった。大馬鹿。
しかし、こんな時にこんな物があっても……。
意味が、ない?
本当にそうだろうか?
どうして実加のマフラーだけが、このリアル迷宮に落ちていた?
ここがゲームに忠実に作られた場所で、犯人がゲームの神様だと言うのなら、このマフラーにも何か重要な意味があるのではないか?
作りの荒いゲームや手抜き物もいくつかプレイしてきた紅蓮だが、ゲームの基本は大体共通している。
それは善なるプレイヤーが悪なるラスボスを倒す事だったり、初めの開始場所では敵が弱くて移動する度に強くなっていく事だったり……。
そして……。
(ゲームの中での重要アイテムには、必ず意味と使い道がある)
そう、登場するアイテムは何かに使用できるようになっている、と言う事だ。
「紅蓮君?」
リンカの問いにも答えずに意識を深く集中させる。
この部屋で、この試練で防犯ブザーが手に入った意味は、何なのか。
僕達は今、何に困っているのか。
「そうか、分かった。リンカ、イトナ。今から俺の言う通りにしてくれ!」
「何か分かったのか!?」
「思いついたんだね!」
疑問とわずかの期待、そして信頼を二人から受け取りその内容を話していく。
芽生えた希望を言葉に乗せた。
それは、あまりにもリスクの大きい賭けではあったが、現状打破するためには最も有効的で望みの高い一手だった。
話し終えた二人は黙り込む。
その間も戦闘は止めない。
イトナが淡々と敵を処理し、その残骸を遠くへ蹴っ飛ばし、リンカはそんなイトナや僕のサポートに、盾をかざす。
最初に口を開いたのは、やはりリンカだった。
「私は信じるよ。紅蓮君の事。ううん、信じてる。だから協力するね」
「ありがとう、リンカ」
そして、遅れてイトナ。
「正直、俺は気が乗らない。だけど、ここでこのままというわけにはいかないし、首を振ってそれで助かったとしても寝覚めが悪い」
「正直に言えないのかよ」
「正直に言ったつもりだ」
回りくどい言い方だったが、協力してくれる様子らしい。出会った頃に比べればこれでも譲歩してるのだろう。
成功する見込みがないなら正直にその点を指摘してくるはずだ。
つまり二人共、僕を信じて策に乗ってくれる様だった。
自分の提案した事に誰かが命を賭けなければいけない、そんな状況におじけづきそうになる。
それでも信じてくれた人たちのそんな格好悪い所は見せられない……言い出した本人がそんな弱腰でいられるわけがなかった。
「じゃあ、やるぞ。準備はいいな」
「ああ」
「うん」
二人が了承の声を返したところで、今までずっとマフラーにくるまれていた小さな機会を手に持ち、そこについていたとある部品を引き抜いた。
小さなピンだ。
長さにして数センチにもならないそれ場、機械から抜けてそのブザーに備わっていた機能の制限を解除した。
「らぁっ!」
そして僕はそれを、遠くへ飛ぶように思いっきり投げた。
直後、耳をつんざくような甲高い警戒音が響き渡る。
「……」
声は発さない。そして身動きもしない。
僕達は、口をつぐみじっとしたままで鎧武者達の動向を見張り続けた。
一秒、二秒……。
そして、おそらく三秒。
やがて、たったそれだけの……短くて長い時間が過ぎた後に、鎧武者たちは音を響かせ続けるブザーの方へと歩いて行った。
「……!」
成功だった。
声も動作もなく、視線だけで二人と喜びの意思を交わす。
そうだ、これこそが切り札なのだ。
鎧武者は音や声に反応して敵を探しているのだ。
盾持ちのリンカへの攻撃が少なく感じていたのも、口ゲンカしていた紅蓮やイトナがよく狙われたのも、後衛だとかとか前衛だとかではなく音を多く発生させているかどうかで、相手の居場所を判断していたからだ。
やがて、鎧武者達が十分な距離を離れる。
「よし、今の内だ」
このチャンスを逃せるわけがない。
紅蓮達は一目散に出口へ向かって走った。
今までは遥か遠く感じていたその場所が、一気に近づいてくる。
あともう少し、もうちょっとで手が届く。……と思ったのだが、非情な事にその扉を塞ぐように三体の鎧武者が、光に照らされながら天井から降ってきた。時間にして数秒、距離にして約十メートル程で出られるはずだったというのに。
「そう簡単に通してくれる気はないようだ」
「くそ、僕だって分かってたんだよ。何かありそうだって!」
悔しいことこの上ないが、自分だったらこの局面で意地悪するだろうなと思ってしまったのだ。
だんだんと犯人の考え方が理解できるようになってきたようで、嫌な気分になる。
背後からは、もう防犯ブザーの音が聞こえてこない。おそらく壊されてしまったのだろう。遠ざけられた鎧武者達が新たな標的へ襲い掛かってこようとしている。
もう、本当にあと少しなのに。
けど、そんな紅蓮を励ますように、リンカが声を張り上げた。
「大丈夫! ここは密集地帯じゃない。転ばせちゃえばいいんだよ」
そして、盾を構えて勢いよく鎧武者に突っ込んで行く。
重そうに見えたが、当たり所が良かったのか。体重の乗った体当たりと、重い盾の衝撃を受けた鎧武者は、持っていた槍を振り回すことなく転倒した。
なるほど、それなら、解体するよりも早い。
「っ、このおぉぉぉっ!」
見習うように紅蓮も剣持ちの敵に体当たりを喰らわせるが、衝撃が足りなかったらしく相手は踏みとどまった。リンカほど幸運ではなかったらしい。だが体勢を少しでも崩せればやりようはある。
「えぇいっ!」
そこに追加でリンカの再度の体当たりが命中して、鎧武者がぐらつく。
僕が駄目押しにとばかり足を引っかけてやれば、見事転倒だ。
「やった!」
「よしっ!」
後は起き上がる前に、扉の向こうへと駆け込むだけだ。
「リンカ、先に……」
一番に脱出すべきは彼女だとその背中を押して、扉のあちら側へ押しやる。
そしてイトナはもう楽勝に勝てているだろうと、そう思ってどうにも好きになれない、しかし嫌いにもなりきれない少年の様子を伺うのだが。
視線の先に会たのは予想外の光景だった。
愕然としたイトナの表情。
「何で、倒れないんだ」
そしてその対面に立つ、今までの敵がとは少し違う鎧武者。
鎧は分厚いし、手に持っている盾だって、今まで見た中で一番大きい。
ラスボスのつもりか。
「まったく……」
ため息をつきながらも僕は走る。
イトナに詰め寄ろうとしている鎧武者の背後へと。
今までは敵の背後に周る機会がなかったので、出来なかったが、人型の敵の不意を突くならこれが一番やりやすいのだ。
「うらぁ!」
浮いていた方の鎧武者の膝裏に懇親のケリを喰らわせてぐらつかせ、傾いた体を突き飛ばす。
通称ひざかっくん。
馬鹿らしい技だが、人の形をしてるのならこんな敵でも抜群の威力だ。
クラスに一人は必ずいるだろう悪戯少年に、煮え湯を食らわされたかいがある。
まさか、最後の最後にこんなにもリアルのこんなにも道具と知識が役に立つとは思わなかった。
「へぼ優等生! 何でも一人でやろうとするから、つけが回って来るんだ。ほら行くぞ」
「あ、ああ」
呆けた様子のイトナへ声をかけて、そしてようやく僕達は、迷宮の試練を突破したのだった。
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