第30話 包囲網
兎にも角にも、クリアしたいのならば戦うしかない。
せっかくのチャンスなのだから、臆病風などに大人しく吹かれてやるつもりはなかった。
「よし、やるぞ」
リンカとイトナと、視線を合わせて頷き合う。
そして三人同時にそれぞれ、床に置いてあった道具を手にした。
僕は剣、イトナは槍、リンカは盾だ。
子供用に作られているのか、軽い。本物を持ったことはないが想像したよりは重くなくて扱いやすそうだった。
そんな風に思っていたら、イトナが慣れた様に手の中で槍を回していて驚いた。
「なっ」
ゲームの中の存在だと思っていた武器をリアルの人間が、そんな風にして扱う事が出来るとは……。なかなかの衝撃だった。
リンカが歓声をあげて、見入っていた。
「わ、凄い!」
僕達の視線と声に気がついたイトナが面白くなさそうな調子で喋る。
わざわざ自慢する事でもないと言った様子だ。
なんだか面白くない。
でも、続いた言葉に嫌味が言えなくなった。
「おじい様に教えられたんだ。若い頃はそういう訓練をしていた人だから……。俺はもっと重くても良かったんだけど、あるだけマシだな」
イトナはもの憂げな表情になる。
やはり、早く家族の元に向かいたいのだろう。
ただの金持ちお坊ちゃんだとばかり思っていたのだが、武器が扱えるとは。実ははとんでもない人間と知り合ってしまったのかもしれない。だからといって、もともと低かったイトナへの好感度が上がると言うわけではないのだが、どんな家系なのかは気になった。
だが、それを尋ねるまえに、状況は動いていく。
「グレン、リンカ。気をつけろ。おしゃべりしてる暇はなさそうだぞ」
弾かれるような動作で、空を切り裂く様な音を立てて槍を構えるイトナ。彼の視線の先には、先程まで制止していたはずの鎧武者。それらが一斉に動き出していた。
僕達はこれから、それぞれが手にしている道具を使って、あの鎧武者を何とかしながら出口まで辿り着かなければならない。
こちらへと近づいてくる鎧武者は、かなり重量のある鎧を着ている。確かめなくても全体から発生する音で分かった。おそらくあれは、そう簡単に素人の攻撃で撃破できるような物ではないだろう。戦うよりもまずは回避、逃走だ。ゲームでは、レベル差のある敵と遭遇した場合はそうするのが基本だからだ。
「逃げるぞ。分かってるよな!」
僕は己を鼓舞するように声を張り上げる。リンカは当然分かっているはずなので、言う相手はもちろん協調性のないイトナが主だ。
そっちの方を向けば、面倒くさそうな顔。若干の呆れ含む、だった。
「しつこいな、君は。この期に及んで、単独行動するわけないだろう」
前科があるから言っているというのに。
(もう忘れたのかよ! それとも分かってていってるのかこいつ!?)
言い争っている間にも、鎧武者たちはガシャガシャと音を立てて、こちらへと向かってくる。
それら全てをいちいち相手にするのは愚行。なら、僕達がするのはただ一つだ。
「行くぞ!」
掛け声とともに全力疾走。
ひたすら出口を目指すのみだ。
隊列は僕とイトナが前で、その後ろにリンカ。
隠れ武器達人の気配のあるイトナと違って、僕は体力も腕力もないし、足が速いわけでもケンカに慣れているわけでもない。だが、こんな危険な時に女子を前に立たせるわけにもいかなかったので、前に出る事になったのだ。
まあ、小難しい理由を並べれば確かにその通りだが、結局のところ後ろに回したのはただ怪我をしてほしくはなかったから。
彼女が疲労に倒れる所も、落ちてくる凶器で怪我をするのももう二度と見たくないし、鎧武者に傷つけられる事などは、この先一度だってあってはいけないのだから。
こういう時に恰好つけないでは、何が男子だ。
「うらあぁぁぁっ!」
「やぁっ!」
僕達は向かい来る鎧武者に雄たけびを上げながら突っ込む。剣技なんて当然知らないので、出来るのは出鱈目に剣を振り回してとにかく近づけないようにするだけ。イトナの方をちらりと見ると、アニメか漫画でも見ているのかと思うような光景があった。縦横無尽に動いて己の手足の様に武器を操って、脅威的な敵と分かり合っている。……が、気にしない。劣等感が刺激されそうになるので、気にしない。
だが、鎧武者も鎧武者で簡単に倒れてはくれなかった。鎧で全身を覆っているだけあって固くて頑丈だ。
向かってこられると押し返す力がこちらは弱いので、僕達はすぐに周囲を囲まれてしまう。
「おい、やばくないか!?」
「これは、まずいな」
前後左右から息つく暇もなく攻撃されれば、すぐに対処が追いつかなくなってしまう。
「紅蓮君、危ない!」
「うわっ」
その内に、できるだけ背後にかばっていたリンカが盾をかざして前に出てくるようになった。僕やイトナを、敵の攻撃から守る為に……。
衝撃を受けたリンカの背を支えながら声をかける。
「馬鹿っ、危ないだろ!」
「危ないのは紅蓮君の方だよ!」
「でも……」
言われた通りだ。
先程の紅蓮はどこからどう見ても危なかった。
回避できてない事は自分でも分かってる。
僕達も疲労してきている。この先リンカのサポートは必要なものだろう。無ければ困る。凄く困る。
けれど、理屈とは別に心配してしまうのだからしょうがないのだ。
「そこ、痴話ゲンカなんてしてないで、前に進む事ちゃんと考えているのか?」
「痴話ゲンカじゃない!」
「痴話ゲンカ?」
不機嫌そうなイトナの声に反射的に怒鳴り返すが、確かに状況は切迫している。
周囲は敵だらけで、こちらは防戦一方。
今は三人で対処し何とかなっているが、多少会話しただけの即席パーティーだ。遠くない未来にどこかにボロがでるのは分かりきっていた。救いなのはリンカを狙う攻撃が少ない事だ。それはきっと、後ろに控えている事が多いから大した脅威にならないとでも思われているのだろう。
連携にボロが出る前に、何とか鎧武者の包囲網から脱出したいところだが……。
(こんな物量差、どうやって押し返せばいいんだよ!)
悩んでいると、何事かを見たらしいリンカが歓声を上げた。
イトナが何かいい案を思い付いて実行でもしたのかと思ったのだが、視線を向けると、そこには彼が慣れた様子で槍を振り回し、鎧武者の鎧の隙間に刃先をねじ込んでいる光景があった。
ひねる様に槍を動かせば、鎧武者は分解されバラバラになる。
なるほど、武術に通じていると言うのなら、相手のどこに攻撃を当てればいいのかそういう事も分かるのかもしれない。
「わ、イトナ君凄いね」
「別にこんなの、ちょっと振り回せばすぐに使えるようになる。俺は天才だからな」
どうやらイトナは、羨ましい事に常識から突き抜けるほどの才能溢れる人間だったらしい。
きっと常日頃、人から誉められまくっているのだろう。だからこんな増長して、ムカつく瀬角に育ったのだ
そんな風にナチュラルに天狗になってる天才は、もうコツを掴んだのか、すでにニ体目の鎧武者をばらしにかかっている。
だが一時的に包囲網に穴は開くが、しかしその隙間は別の鎧武者に埋められていってしまった。
(しかし、誰にはばかることなく、自分の事を天才って言う奴が現実にいたとはな……)
何だか、イトナがこんな性格になった理由が分かってしまった気がした。
何でもできるから、人と合わせる力が育たないんだろう。
「お前一人で無双したってしょうがないだろ」
取りあえず、一人で倒しきる事を目指すんじゃなくて、こっちにコツとかを教える方が先だろう、と紅蓮はそう思った。
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