第29話 試練の内容



 与えられたチャンスを生かす為。

 バッドエンドをハッピーエンドに覆す為。

 ここに連れ去られた皆で帰る為に。


 一度は取りこぼしてしまった最良の結末へのフラグは、十分に立てられただろうか。


 僕達は戦力チェックや簡単な打ち合わせをした後、リトライの為に再び最後の試練が行われる部屋の中へと入っていく。

 やり直しなんていう破格の奇跡の為に、気づかない内にどんな対価を追加で引っこ抜かれているかわかならなかったけれど、予想に反してゲーム機のデータは試練に挑戦する前と全く同じ。手がくわえられた様な形跡はなにもなかった。


 とりあえずはほっとしつつ室内へと移動したのだが、仲の様子は予想と反していて、前回とは違う物となっていた。


「か、わってる……」


 そう、変わっていたのだ。

 相変わらず内装は白づくめ一色だったが、以前あった床のマス目や吊り下げられた武器が無くなっていた。


「同じ問題に挑戦できると思っていたのか、考えが甘いな」

「うるさい」


 呆れたような声をイトナに出されて、つい突っかかってしまう。

 いちいちこいつは言わなくていい事しか言えないのか、と思う。


 教室の中で大声でケンカする連中を見かける度に、よくそんな下らない事に労力を費やせるなと今までは思っていたけど……。


(……我慢できないくらいムカつくから、ケンカになるんだな)


 予想できる主な原因は個人の沸点が低いのと、後は……話したくないほど嫌いでなく、かつ仲が良いと言う程でもない相手だと我慢するより喋った方が楽だから……なのだろう。


 そういう意味だと少しは信頼しているみたいに聞こえるが……。素直に認めたくなかった。

 まあ、ムカついたイトナの件は今はいい。

 それより試練の方だ。


 部屋の中を観察する。


 まず目につくものは……。

 部屋のいたる所に置いてある、全長二メートルはあるかという様な巨大な鎧武者。

 それらはざっと数えるだけで十以上に及ぶ。

 そして鎧武者の手には、槍だの剣だの盾だのが握られていた。


 そこから視線を移動させて扉のある入り口付付近……つまり僕達の目の前を見ると、槍と剣と盾がそれぞれ一つずつ置かれているのが分かった。あと、向こう側の壁には出口らしき扉が一つ。


 他には、とゲーム画面を見つめてみるが、画面はなぜかブラックアウトしていて見えない。


 そんなわけはないが、知らない間に電源を切ったのかもしれない。スイッチをいじってみるのだが反応はなかった。電池切れ……とかではさすがにないだろう。そもそもの電源の残量マークが無かったのだし。相手が普通でないのだから、ゲーム機も普通の物だと考えない方が良いだろうし。


「私達だけで頑張れって事なのかな……?」


 同じように何も映さなくなった画面を見つめているリンカが述べる。


「僕達だけで、本当にそうなのか……」

「そうだとしか考えられないな。前回もこちら側に負担の偏る試練だった。助力は得られなくなったけど、ユニットを気にしなくていい利点もあるから、何とも言えないか」


 判明した事実をまとめる様にイトナが喋る。

 気にしても仕方がないと思いつつも、ついゲーム機を気にしてしまう。

 状態の分からなくなったクラスメイト達の事が気がかりだった。


 試練がやり直しになったという事は、手に入れた余分な安全権利とやらもきっと白紙になったのだろう。

 僕達がしっかりしなければ、今度も彼等もどうなるか分からないのだ。


 腑抜けているつもりはないが、気合を入れて臨まなければ。


 改めて紅蓮が内心で現状を確認し、クリアへの意気を上げていれば、室内の壁で保護色になっていた白いスピーカーが合成音声を流し始めた。


 内容は、こうだ。


 挑戦者達……僕、リンカ、イトナがそれぞれ床に置いてある道具を手にした瞬間に、試練は始まる。

 クリア条件は、向こう側にある出口の扉を挑戦者三人が潜り抜ける事。


 ……ざっと説明すれば、そんな具合だった。


 室内に設置されている鎧武者が妨害するので、それらをうまく道具を使って潜り抜けなければならないのだろう。


 内容は把握した。

 後は試練に挑戦するのみだが、気になる事があった。


「あれって本物、なのか?」


 それは、鎧武者達が持っている武器の事だった。

 近くに寄って確かめたかったが、そんな迂闊な事をするわけにもいかない。


「むしろこの局面で本物が出てこないとでも思うのか、君は」


 イトナがそんな風な事を言ってくるが、反論する余裕はなかった。


 視界に存在する十体の鎧武者全てが、凶悪な凶器を持っている事は確実なのだろうが。

 前回の吊り下げられた武器を見てもなお信じがたい光景だった。


 繰り返される嫌らしい手に耐性が出来てきたとはいえ、僕達はついこの間まで凶器を向けられるような日常を過ごしてこなかったのだから。そう簡単に脅威を正しく認識しろと言うのが無茶なのだ。


 だが、あの手加減はしないと言ったオリガヌが、今更偽物を使うはずがないとも理解してはいるのだ。


 平和ボケした感覚を変えなければならないのは、僕の方なのだろう。

 ゲームの中で、突然勇者という脅威にかこまれたモブキャラクターやモンスターたちもこんな心境だったのだろうか……。


「怪我しないようにしなきゃいけないね」


 掛けられたリンカの言葉に、本当にそうだと思う。


 まだ小さな怪我で済むなら良い。

 だが、もしも大怪我を負って試練に望めなくなったら、命を落とすような事になったら……。


 ゲームのキャラならば、回復魔法やアイテムを使えるが、現実にはそんな事できないのだから。


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