第27話 乗り越えればいい



 そうして、日々連の胸の内で膨れ上がっていた傲慢な意思が膨れあがり、凶行へと駆り立てようとしていた仲で、拉致事件が起こったのだ。


 白い部屋で目が覚めた時、己の胸の内で湧き上がったのは恐怖でも戸惑いでもなかった。


(俺はきっと、天から有り余る才能を授けられてうまれてきたけれど、人としてどこかおかしいんだ)


 早々に状況を把握してゲーム機を手にして迷宮攻略に乗り出しても、世間一般の子供が抱く様な感情は全く湧いてこなかった。


 多少の混乱はあったものの、恐怖や悲嘆の感情など心に宿った事がない。


 それどころか中々ない状況に、興奮すらしていた。


 世界は面白い。

 想像できない事がまだまだあるのだ。


 だから、捨てた物ではない。

 やはりここは、こんな自分が生きているにふさわしい場所だったのだ。


 そんな事を考えていた。


 俺はすぐに迷宮脱出ゲームの仕組みを把握して、攻略に乗り出した。

 アイテムを集めて、ユニットを集めて、罠を回避し、危険を察知しながら順調に進んでいく。


 今までの人生の中では、遊びと言えば大抵外で運動するか、大人数で遊べる卓上ゲームをやっていた。けれど、液晶画面を見つめてやるゲームもなかなか捨てた物ではないと思うようになった。


 周りの人たちは、俺がゲームをやらないと言うと珍しいと言って誉めた。あんなものは時間のやるだけ無駄だと言う人間が多かったのだ。


 けれど今の俺は、そんな事はないと言いたかった。


 ゲームの中身の世界は虚構だ。本当の世界ではない。

 だから現実ではできない事が、どんな事でも、何度でもできる。

 リスクを得る事なく、人を不用意に傷つけることもないのだ。


 こんな楽しい物が世界に存在していたなどとは、今まで思わなかった。


(ひょっとしたら、ゲームなら……現実じゃない偽物の世界でなら。俺の心も満たされるのかもしれない)


 ゲームなら、俺の欠けた部分を補ってくれるものかもしれない。本物の世界では禁忌を侵すような真似をしなければならなかった程の、欠落を。そう思っていた。希望が見えていた。


 けれど……。


(彼らは本物の人間だった)


 いたずらに、狂気のままに消費してしまった命が現実だと判明してしまって、頭が真っ白になった。


 何も考えられなくなって、そしてそんな長い空白が終わった後に思ったのは、こんなはずじゃないという気持ち。


 悲しかった。心が痛くて、辛くて、かきむしりたい程だった。

 自分のせいで、誰かが死ぬと言う事はこんなにも嫌な事だったのか、と初めて理解したのだ。


 それは誰も教えてくれる事がなかった事だった。

 頭のいい俺にあえて教えるほどの事ではないとそう思ったのか、それともそう言った物は周囲との触れ合いで自然に身につく物だと思ったのかは分からない。


 与えられた才能のせいで、自分の犯した過ちや失敗のせいで、誰かに害を与えた事の無かった俺はどうすればいいのか分からなくなった。


 だから驚いたのだ。


 グレンの行動に。


 俺の様に自分の行いは間違っていないのだと開き直るのではなく、失敗を受け入れて、前に進もうとしているグレンの姿が信じられなかった。


 自分の事は棚に上げて、どこかおかしい、普通の人間じゃないと思ったくらいだった。

 自分はこんなにも苦しい思いをしているのに、どうしてそんな風に現実を受け入れる事ができるのだろう。


 けれど、自分は思い違いをしていたのだ。

 それは到底簡単な事ではなかった。

 グレンもグレンなりに、悩んで苦しんで、それで足掻いて前を進めるようになったのだと気づいてしまったのだ。


 バッドエンドになりそうだった結末の、最後になってしまうかもしれない瞬間。

 絶望に呑まれそうになりながらも、必死に打開策を探すその姿を見て、ようやく理解した。


(困難があっても、苦しんで乗り越えればいい。苦しむのは当たり前の事なんだ)


 今まで躓いた事のなかった俺にとってはそれは、とても新鮮な事で思いもしない発見だった。


(乗り越えられる。頑張れば、俺だってあいつみたいに)


 世界が変わったような心地だった。


 この迷宮は新しい世界を見せた。

 けれど同時に辛い現実もつきつけてきて、俺は目をそらしてしまった。


 けれど、諦めなかったグレンの在り方が、俺の見ていた世界を変えたのだ。

 勇気をもらったような気持ちになった


(今回だけじゃない。この先何があっても俺は抗おう。簡単にあきらめたりしない。楽な方に流されたりしない)


 だから、俺はその事をずっと覚えていられるようにと胸に抱く。


 帰るべき場所に戻っても、忘れてしまわないように、強くしっかりと。


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