第26話 阿笠連
才能とは、時に人をどうしようもなく思い上がらせ、そして駄目にするものである。
誰もが羨む物に、そんな事を学んだのはつい最近の事だった。
――――人を殺してみたくないか。
俺、
俺は、自分で言うのもなんだけれど、才能があったし器用で容量がよかった。、子供の頃から大抵の事は何でもできる人間だった。
できない事を探す方が大変だった。
勉強もできたし、運動もできた。
テストはいつも満点で、放課中は助っ人として校庭を走り回った。
人は、なぜか自然に集まった。人望もどうしてかあった。
俺がいた所は、頭がいい事がステータスとして重視される場所だったからかもしれない。
だけど、何でもできるからと言って、本人が満足しているとは限らない。
俺は満たされてはいなかった。
恐ろしい事にその当時……迷宮に攫われる前の俺はかなり思い上がった人間だった、やれば何でもできるだろうと思い込んでいた。
何かをやれば期待以上の成果を出し、賞賛され、見本にされる。
日常はそんな事の繰り返しだったから(ほんの少しばかり、ゆるされるのなら言い訳させてほしいが、やること成す事そうなるのだから、これで増長するなと言うのは難しいところだろう)。
けれど、そんな誰もが羨む素晴らしい日々を送っていたというのに、満足はできなかった。僕の心は、どこか欠けていていた。
やって良い事、やるべき事は大抵やったし、やればできる。むしろやろうとしなくても、する前に結果が予想できた。
だから、刺激に乏しかったし、何をするにしても達成すればこんなものかと思うようになっていた。
けれど反対に、やってはいけない事、やるべきでない事はやった事がなかった。結果が分からなかったから興味を引かれた。それらは俺にとっては未知に見えたのだ。
どうなるか分からないし、全く予測がつかない事が心をひきつけてやまない。
それゆえに、単調な日々に膿んでいた僕は憧れてしまった。
その禁忌の行いに。
それは、もちろんやってはいけない事だと分かっている。
常識だって、ルールだって弁えていた。
例えば物を盗めば、何かを壊せば、暴言を吐けば、人を殺せば……。
その行いをした数だけ、悲しむ人、苦しむ人がいるのだと分かっていた。
けれど思う事は、どうやったって止められない。
決して満たされない満足感は膨らみ続けるばかりだったし、好奇心と興味は日に日に大きくなるばかりだった。
駄目だ。
いけない。
そんな事はするべきではない。
封じ込める度に、かえって大きくなるそれを持て余していた。いけないと、何度も何度も戦っていた。
けれど……そして、ついにある日敗れてしまったのだ。
今覚えば俺は本当にどうにかしていただろう。
思いつめて、視野狭窄に陥っていた。
それは天才にあるまじき失敗だった。
でも、その時はまったく考えを疑っていなかったのだ。
この世界は簡単な事ばかりでつまらない。
だから、もっと面白い面を見せてほしい。
そう思って、それが一番の方法だと結論付けてしまっていた。
「連君、また明日ね!」
「さようなら!」
鞄の中に入れた果物ナイフ。
通っている学校の授業後。
俺が向かったのは、人気のつかない場所だ
学校の飼育小屋に最近増えたばかりの小さな兎がいる。
人に良く慣れた可愛らしい兎が
ペットショップで誰かが買ったはいいものの、世話が出来なくなったから捨てられてしまった。発見された時は、段ボール箱に粗末な毛布と一緒に入れられていたそうだ。
この兎なら、小さい。
偽装工作は簡単だ。
きっと死んでも誤魔化せる。
小屋の網目を少しだけ大きくしておけば、逃げ出してしまったのだと皆思うことだろう。
死体は人目のつかないところを選んで埋めれば大丈夫。
だから……。
「可哀そうに、いま楽にしてあげるよ」
偽善だらけの言葉を、表情をとりつくろう事もせずにはいた。
俺の目に映っている兎は、ただ無邪気に小屋を跳ねているだけ。
けれど、結局その日の俺は何もしなかった。
思いとどまって、帰宅したのだった。
帰ってからどうしてだろう、と思った。
どうして踏みとどまってしまったのだろう、と後悔した。
自分でも自分が分からない。
その日の夜。ベッドに寝転がりながら、どれだけ考えただろう。
答えの出ない疑問にどれだけ向き合っただろう。
「この世界は、俺が生きている価値がある程面白いのかな」
この世界がいっそ、普通ではなかったら。
こんなに平和でなかったら。
俺はこんな思いをせずにいられたのかもしれない。
俺は一人の人間の事を思い浮かべた。
「おじいさまは悲しむかな」
もしも自分が何か取り返しのつかない行動に出た場合、病院のベッドにいる家族がどう思うか心にひっかっかった。
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