第25話 仮想世界の反抗



 見つかったのは現状を打開するヒントなどではないもの、ただの犯人の行動理由だ。


 だが、それは巻き込まれた僕達にとっては無視できない情報だった。


(いや、巻き込まれた……んじゃなくてこれは必然的に、起こるべくして起こった事柄だったのかもしれない)


 この世界に生きているゲームプレイヤーたちに成すすべなく殺され続けた、仮想の命達の反抗。

 きっとこれはそう言う事なのだ。


「馬鹿な事を……」


 イトナがこちらを見て何か言葉を言いかける。

 続きを聞かなくてもその内容は、分かった。

 あり得ない、そう思っているのだろう。

 

 そんな彼が口開く前に、合成音声が流れて割り込んだ。


 こんな状況には場違いの、軽い口調で。


『あはは、せーいかーい。あったま良いね。良かった良かった。気が付かれなかったらつまらないエンディングになる所だったよ」


 それは、時に夢の中で聞こえた女性の声になり、時に迷宮で流れた合成音声へ変化し、時に一番最初に誘拐される時に聞いた男性の声となった。


 その声の主は、なのる。

 明るい声音で。


『初めまして、遊戯の神様……はちょっと難しいかな。ゲームの神様オリガヌと申しますっ』


 声色を目まぐるしく変化させるオリガヌと名乗った犯人は、快く僕の出した解に答えた。


 けれど、


「ゲームの神様? 冗談だろう」


 イトナはまだ信じられないようだ。その気持ちも分からなくはない。僕ですら、こうして正体を見破った今も半信半疑でいるのだから。


 しかしリンカの方は、納得したような表情だ。疑いなくその話を信じているようだった。 


「やっぱり。だって私達のこなした迷宮攻略の試練、シンプルだったけどゲームとしてやるんだったらきっと楽しいだろうなって思ってたから」


 こんな時だと言うのに、彼女の口から知らされた新事実に場違いな事を思ってしまう。


(……ああ。こんな迷宮に放り込まれていたのに、リンカは攻略中もそんな事考えてたのか)


 楽しいとか楽しいだろう、なんて事……被害者だと言う意識が強かった僕にはとても考えられなかった。ゲーム機の操作は普通の速度だっけどが、リンカはゲームが好きなのかもしれない。


 ゆがんだ遊び方しかできない僕とは違って、きっと心の底からたのしめるプレイヤーなのだ。


 声がこちらに語り掛けてくる。


『楽しい? そんな感想くれちゃうんだ? そう言ってくれると頑張ったかいがあるなぁ。ありがとう。でも、私は甘くないから、手加減なんかしてあげないよ。人間には不誠実でも、遊戯の神様なのでゲームには誠実。ルールを変えたりはしないのでーす。君達がやったのは正体と目的を暴いただけ。さぁて、これからどうするの? 何かできるのかなあ?』


 オリガヌは、完全にこちらをなめ切っているようだ。

 ころころと変わる声色と小馬鹿にするような口調のおかしさもあって、油断したら思いのままに色々な感情を吐き出してしまいそうになる。


 でも、どうすればいいのだろう。


 今のところはオリガヌの言う通りだ。

 事態の解決になる様な事は一つも思いついてない。


 普通の人間でなくて、性格の悪い神様だったと分かったところで打開策なんて……。


 あ。


『三百秒なんてあっという間だよー』


 ひょっとすれば、もしかすれば。

 思い付いた可能性について考える。

 たった今僕が考えたのは、普通なら馬鹿らしいと一蹴されるような事だ。


 どれだけ願ったところできっと誰にも叶えられない事。

 けれど……。


 リンカの顔をまっすぐ見つめて、真剣に言葉をかける。

 これは僕以外の人間の協力がなければ成し遂げられない。


「リンカ、頼みがある。今から言う事を犯人に願ってくれ」

「うん、いいよ」


 人間でないと言うのなら、きっと何でもできるはず……。


「――――それは、迷宮の試練を最初からやり直しさせてくれ、だ」

「迷宮の試練を最初からやり直させて、だよね」


 リンカと言葉が重なって、顔を見合わせて同時に笑いをこぼす。

 彼女も同じ気持ちだったらしい。

 

 僕も彼女も、同じ方向を向いている。

 それが、希望だった。

 何よりも力強い。

 たとえ最初からやり直しになるとしても、また歩いて行けそうな気がした。


 けれど、その答えに帰って来たのは冷たいセリフだ。

 どこか試すような雰囲気を感じられる。


『へぇ、無かった事にするの? 自分の間違いを? 悪かった事を?』

「っっ! ……そんなんじゃ」

『じゃあ、どういう意味?』


 オリガヌは、明るい声から一転してこちらを咎める様な低い音声になる。

 今まで調子のいい事ばかり言っていたと言うのに、不意の変化にとっさに反応が返せなかった。

 

『色んな人間のプレイヤーに、たくさんたくさん殺されたのになー、そっかぁ。罪を受け止めて償わないんだ。特に君は、人間の中でもたくさん殺してるのに』

「僕は……」


 先程はあんなに自信に満ちて発言したというのに、迷ってしまった。

 本当に良いのだろうか、と。

 悪い事をやっているのは相手なのに。

 段々と自分の意見が正しいのか自信がなくなって来る。


 僕は、相手の責める様な言葉に反論できるような人間じゃない。

 僕の手は例え偽物の世界でも、多くの命を殺め過ぎたから。


 怒られるのも当然の事で、罰を受けるのも当然の事だろう。


 しかし、イトナがその会話に口を挟んできた。


「ゲームの中までの死をなすりつけられるなんて馬鹿げている、所詮は空想の世界の出来事だろう」


 驚いて顔を見つめるのだが、全くの無表情で彼が何を考えているかなどさっぱり分からなかった。

 助け舟を出してくれた、と考えていいのだろうか。

 それとも、別の思惑でもあるのか。


「嘘だと分かっているから、ゲームは娯楽なんだ。そこに揺るがぬ真実と現実が加わってしまっては、それはゲームなりえない。人は嘘なくして生きられない生物なのだからな。神様とやら、貴方は俺達に息抜きをする自由を与えず死ねと言っているのかい?」

『あらあら、小難しい事言ってくれて』

「空想、仮想、虚実、それらがあるからこそ、現実は現実になる。貴方の言葉は一周回って自らの存在意義を否定してるんだ」

『面白いわねぇ』


 同年代の者達よりもそれなりに物を考えている自信はあったが、まさかその自分にも理解できなさそうな事を喋ってのける人間がいるとは。


 割り込んできた発言の内容に驚いたが、様子を見る限りイトナは僕達の味方をしてくれているらしい。それくらいは分かる。


 イトナは決然とした様子で、この場にいない犯人に向けて言葉を重ね続けた。


「それに、こちらを引っかけようとするのは止めてもらおう。ユニット達は死亡しておらず生存している、だからやり直すのは最初からではなく、最後の試練からだ」

『ふぅん、生存している? それは質問?』

「推測だ。……性格が悪い。そうやって報酬を無駄遣いさせて、どうせ何も与えないつもりだろう?」


 犯人のやり口はさておいて、ついでの様にさらりと述べられた言葉に驚かされた。


(クラスメイト達が死んでいない!?)


 それはどういう事なのか。

 だって、さっきオリガヌは「死亡した」と言っていたのでないのか。


「おい、イトナ」


 肩を掴んで揺さぶる。

 問いただそうとするが、最初に決められた三百秒という時間制限のことを思い出しが。

 もう時間がそれほど残っていない。


「君達に詳しい事を話している時間がない、だからリンカ……願いを」

「うん」


 そうだ、せっかくのチャンスを話し合いで無駄に削るわけにはいかない。


 けれど、イトナはそれでいいのだろうか。

 このままだったら、自分達は安全に開放されていたかもしれないのに。


 様子を窺うけれど、彼の考えている事はさっぱり分からなかった。


 リンカがオリガヌに話しかける。

 それは、僕達に残された希望。


「オリガヌさん、もう一度最後の試練をやり直させて」

「そう、それが願いなのね。うふふ、いいわよ。頑張って……」


 そう、リンカが願いを言って、神と名乗った者が内容を聞き届ける。


 これで、本当にやり直しがきくのだろうか。

 半信半疑の僕達は、目もくらむような光に包まれていった。


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