第24話 バッドエンド



 最後の試練をクリアした僕達は、新しく移動した部屋でしばらく仲間割れをしていたけれど、それも疲れてしまった。


 目まぐるしく色々な事を考えたり、緊張から解き放たれた事が影響したのだろう。


 意識がそれて、良いのか悪いのかはわからないが。周りを見る余裕がでてきた。


 言い合いに夢中になってよく観察していなかったけれど、その場所は、通路でもなく普通の白い部屋だった。ちょうど、僕が最初にいた部屋と同じ様な広さの。その光景を見て、まさか戻ってきただけなんじゃないか、と不安になる。


「これ……」


 リンカが床にしゃがみ込んで何かを見て呟く。

 血痕だった。

 赤い色の血が唯一この部屋に色を添えていた。

 だがそれは、すぐにリンカが手でさっと消してしまった。


「リンカ、それ……」

「何でもないよ」


 その表情は固い。

 嫌な予感ばかりが募っていく。


 聞くべきか聞かざるべきか迷った。

 リンカだから、必要な事まで内緒にするとは思えないけれど。


 どうしようか悩んでいると、白い部屋の白色に混ざって壁で保護色になっていたスピーカーから、合成音声のアナウンスが聞こえてきた。


『勇敢なる迷宮攻略者へ、安全権利内の挑戦者とユニットの解放を宣言通り実行します。なお機密保持の為、攻略者の記憶は消去させてもらいますので、ご了承下さい。では、迷宮攻略報酬を用意しますので、それぞれが望むものを、三百秒後の迷宮解放までにおっしゃってください』


 それは淡々とした口調の、抑揚のない事務的な口調でなされた説明だ。


 解放というのは嘘でなかったらしい。しかもご褒美まで貰えると来た。


 そんなのは、捕らわれの姫を魔王の元から助け出した勇者に、どこかの国の王様かなんかがやる事だろう。


「まるでゲームだ」


 ふざけていると思う。

 所詮、僕達のあがきは犯人にとって暇つぶしの見世物おあそびに過ぎなかったのだという事が痛いほど分かった。

 信念も目的もない、きっとこれはただ楽しむための事件ゲームだったのだ。


 だが、


「最後まで事情は説明されず、か」


 イトナが不満気な様子で呟いたきり、思考の海に没入していった。

 結局知りたい事は山程あるのに全てが分からないままだ。試練をクリアすれば犯人に会えるのではないかと思ったのに、それも叶わなかった。


「おい、ゲームの中の死んだユニット達ってのは本当に死んじゃったのか? それくらい教えてくれたって良いだろ!」

『攻略者αの報酬でよろしいですか?』

「何でもいいから教えろ!」

『攻略者αの報酬、受理しました』


 苛立ちを込めて叫べば、返答が返って来るより前に、考えこんでいたはずのイトナが驚いた様子でこちらを見つめてきた。


「君は馬鹿か?」

「うるさい」


 それだけでイトナは再び考え込んでしまう。


 馬鹿か、なんて今まで一度も言われた事なかったが、そんな事に対して何かを考える余裕ははなかった。


 隣でこちらを悲しそうに見つめているリンカの存在を意識すれば、心配をかけてしまっている事を少しだけ申し訳なく思えてくるが、それでもこの感情を抑えられそうにないのだ。


 発した疑問から数秒、合成音声は紅蓮へ答えをもたらした。


『攻略者αへの回答です。ユニットの死亡は確定しています』

「……」


 聞いて。膝から力が抜けた。紅蓮は床にへたり込んだ。

 聞かなければ良かった。駄目だった。我ながら馬鹿な事をしたと思う。愚かしい。本当に馬鹿だ。


 最初から消えたクラスメイト達を助けられない事は決まっていた。 

 そしてたった今も、僕達の失敗のせいで助けられたかもしれない者達が助けられなくなった。


 積み上げたきたものが急激に色褪せていく。

 全ての事が、至極どうでもよく感じる。


 だって、意味がなかったのだから。

 努力も、信頼も、足掻きも。

 全部無意味だった。


 これで、どうやって希望を持てと言うのか。


「紅蓮君、立って」


 だけどリンカは、そうこちらに語りかけてきた。

 前にしゃがみこんで、紅蓮の肩に手を置いて、真っすぐ見つめて。


 その瞳には強い光がある。


 リンカはまだ、諦めてない。

 こんな状況でも、何とかなると思っているのだ。


 差し出された手を掴んで立ち上がったのは惰性の行動だったが、それでもリンカがまだ立っているのに僕がしゃがみこんでいる事などできない。……そう思うくらいの意地は残っていた。


「諦めちゃ駄目だよ紅蓮君。イトナ君も。二人共、相手が普通の人間じゃないって事はもう分かってるよね。そもそも最初からおかしかったもの。蜃気楼に飲み込まれた時とかも、知り合いの子達がユニットとして動かされてる事も」


 そうだ、おかしい事はたくさんある。

 あえて目をそらしてきた事実が、あるのだ。


 どれだけ大掛かりな準備をしたって、ごく普通の通学路で超常現象みたいな事を起こせるわけがないし、リアルタイムで変化する大勢の動き全てを、紅蓮達の持っているゲーム機に、遅延なくデータを書き込む事など不可能だ。


 リンカは、問いかけてくる。


「相手の目的は何だろう? どうしてこんな事をしたのかな。もし、私達が考えてるよりも普通じゃなくて、もっと多くの事が出来る人だったら、どう? 今まで通って来た道にヒントはなかったかな」


 彼女の言葉で、先ほどまで心を蝕んでいた重苦しいものが晴れていく。停滞してた思考の流れが、再び解を求めて動き出し始める。

 イトナすら表情を変えて、リンカのその問いについて考え始めていた。


「俺達に相手がした事……」


 記憶の底をさらって振り返る。

 自分達が辿って来た道のりを思い出し、そこに何かヒントがないかどうかを探し出そうとする。


 最初の方は……。


 迷宮攻略をやらされた。

 初めの内はゲームと同じ感覚で進んでいく事が出来たけど、ただのデータだと思っていたユニットがそうじゃないと知って、ショックを受けた。


 それからは死なせないように、細心の注意を払って行動する事になった。

 なぜなら、死んでしまったらデータと違う生身の人間はそれで終わりなのだから。


 ……そして、僕達は負けて命は失われて……。


「まさか」


 そこまで考えて気づく。ある可能性に。


 迷宮内で眠った時に聞こえた声を思い出した。

 それを偶然ではなく必然だと考えれば……。


「やっぱりあの声は、気のせいなんかじゃなかったのか? 本当に復讐、なのか? 僕達が殺したゲームのキャラクター達の」


 ゲームの世界の、仮想の世界から成すすべもなく殺されてしまった数多の命の復讐。

 それが犯人の動機なのだと、紅蓮にはそれしか考えられなかった。


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