第23話 頑張ろう



 状況は悪い方ばかりへ転がっていく。


 けれどそれが変わったのは、しばらくした後。

 天秤に均等に重りを乗せる……みたいな試練の前くらいだった。

 

 実加達のいる場所、多分迷宮では通路や部屋に色々な罠や知恵試しがあって、そこではそれをクリアすれば先に進めるようになっていた。


 実加達は、ここまであったそれらの試練(何となくそう呼ぶようになった)を、操られながら自分の身を犠牲にするようにして見抜いたりこなしたりしてきたのだが、唐突にある時を境に犠牲が出なくなったのだ。


 それは凄く地味な方法で、アイテムを一回ずつ目の前に置いてトラップが作動しないか確かめて進む、という事をやり出した時期だった。


 実加だけでなくその場にいた誰もが疑問に思った。今まではこちらの事をまったく気にしない攻略方法だったというのに、一体どういう事なのだろう。犯人はこっちをいたぶりたいわけではないのだろうか。……と、そんな具合に。


 不思議に思いながらも答えが分からないのでどうしようもない。それからも進んで行くが、「犯人の行動の理由を説明できるかもしれない可能性」はすぐに思い浮かぶようになる。


 それは、操られるままだった実加達の体が急に動くようになった時だ。


 クラスメイト達はそこまで歩き通しでクタクタだったので、数分もしない間に眠りについてしまったのだが、どうにも気になる事があった実加は眠らずにゲーム機をチェックしていた。


 映し出された画面の向こう。そこには何故か一人キャラクターが増えていて、実加達と同じような場所にいる紅蓮と、そしてもう一人の可愛い感じの見た目の女の子がいた。


 まず思ったのは、「誰よ、その子」だった。次に思ったのは「そんな事気にしてる場合じゃないわ」だ。


 最初は……、


 実加たちが操られて進んでいるのと同じように、紅蓮達も同じ迷宮のどこかを、誰かに操られて進んでいるのかもしれない……と、そんな風に思っていたのだが。

 ひょっとしたら違うのではないか、と思った。


 いつの日かずっと前、紅蓮がゲームをやっている時、横から眺めた事があった。


 その昔の出来事の中、紅蓮は横暴だった。

 きっとその遊び方がいつものやり方なのだろうと思うけれど、はっきり言ってそんなのまったくかっこよくない遊び方だと思った。

 こっそり覗いた画面の向こう側にいるもう一人の紅蓮……勇者は、敵でも味方でも容赦なくこき使って、目的を達成するような人間だった。


 どうしてか、それがすごく嫌だったから、印象に残っていたのだろう。


 非道なプレイはそれだけではない。


 小さな子供をモンスターから守るというクエストでは、ライフが尽きる寸前までそ子のを囮にしていたし、害獣討伐のクエストでは、レベル差が開きすぎて逃げ出す弱い敵でも容赦なく攻撃する。


 同じクラスメイトなのに、自分と変わらない子供なのに。

 どうしてかその時、紅蓮がすごく恐ろしく見えた。


 その思い出を振り返った時、思ったのだ。


 まもしかすると、紅蓮が実加達を操っているのではないか。

 それで、容赦なくクラスメイト達を駒として使い捨てているのでは……。

 犠牲が出なくなったのは、何かに使う為にとか……。


 その時の実加は一瞬、そんな疑いを抱いてしまった。


 だが、結局はそこまで考えて否定してしまうのだ。


 確かに紅蓮はひどい奴だが、本当は良い奴なのだ。


 その事を実加は知っていた。

 お気に入りのマフラーを落とした時も拾って渡してくれたし、この間もドッチボールの新しい遊び方を教えてくれた。


 だから、そんな事はありえないはずだった。


 自分達が動かされているのは違う原因のはず。


 ……これは実加の希望だが、クラスメイト達は確かにトラップとかに引っ掛かって目の前から消えてしまったけれど、きっと死んでしまったわけじゃないはずだ。なぜなら、血を流したわけでも、傷を受けたわけでもないのだから。


 仕掛けには何か種があるに違いないし、そう簡単に人が何人も死ぬなんて事が現実で起こるとは思えなかった。

 

 だから今の時点では、ここにいない紅蓮を疑ったり責めたりはしない。

 実加のちっぽけな想像力では「かもしれない」だけで紅蓮を嫌いにはなれないのだから。


 だからこれからも実加達は、顔も知らない誰かに協力して、迷宮を脱出できるようにしていくのみだ。難しい事は考えられないから、実加が考えるならそれくらいシンプルな方がちょうどいいはず……。


 視線を向けて、画面に映っているキャラクターを眺める。

 人付き合いの悪いクラスメイト、赤いマフラーを巻いた少年の姿を。


「頑張ろう、紅蓮」


 それだけを呟いてゲーム機の電源を落とす。眠気が限界に来て瞼を閉じれば、すぐに夢の中へと誘われていった。


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