第22話 朝霧実加
率直に言えば、朝霧実加は混乱していた。
クラスメイトの紅蓮と話していたら、おかしな蜃気楼が出現して、捕まった。……と思って気が付いたら、白だらけの部屋にいたのだから。
白い部屋の中で目が覚めてすぐ。混乱していた。
訳が分からなかったし、誰か説明して欲しかった。
自分が置かれている状況が理解不能で、それが怖かった。
だが、普通なら大人しくしずかにしているところだが、実加はじっとしてられない性分だったため、それが幸いした。
そうそうに状況に慣れた実加は、あちこち調べる事にした。他の人に行ったら突っ込みが入りそうな行動だが、それが性格という物なのだから仕方ない。
最初に気が付いたのは、傍に落ちていた小さな機械。
店とかのゲーム売り場でよく売られているようなゲーム機だった。ゲームでもして大人しくしてろと、実加をここに連れてきた人間は言いたいのだろうか。
自分が誰かに攫われて監禁されているのは何となく理解できてきた。だが、ゲーム機がある意味は分からなかった。
突然おかしな状況に放り込まれて、混乱していたのだから、冷静に考えられなくても無理はないが、分からないのは気持ち悪い事でもあった。不快だった。心の中が絶えずもやもやしていて、その存在がうっとおしくなる。まるで湿度の高い曇りの日の気持ちみたいだと思った。あれは嫌だ。晴れでも雨でも、暖かくも寒くもないから。
そんなわけで勉強の成績が良くない実加には、何が分かっていて、何が分かってないのかも分からない状況だった。けれど、一人でなかったのはかなりの救いだっただろう。
とりあえず部屋の中には、他にも同じクラスの生徒達が倒れていたからだ。なので、まずはそちらに話しかける事にした。
呼びかけて起こし、互いに励まし合ったりした。その後は、突然放り込まれたおかしな状況の事について話し合った。
一人だったら恐怖と孤独で、どうなっていたか分からなかった。けれどそうではなかった。同じ境遇の子達といる事が段々力強く感じらられきて、少しだけ落ち着けるようになった。
他の子達を落ち着かせた後はさっそく、目が覚めてばかりの時に見つけたゲーム機(全員分、一人一台あるみたいだった)を、皆で調べてみる事にした。そこで分かったのは驚くべき事だ。
同じクラスメイトの少年、紅蓮みたいな姿をしたキャラクターが、自分達のいる部屋と同じような場所に閉じ込められていたのだ。傍には何故か、実加のマフラーが落ちているではないか。
そういえば、気を失う前には一緒にいたのに、紅蓮の姿は部屋になかった。
けれど、まさか人間がゲームの中に入ってしまったみたいな事が起きるはずはない。
首をひねりつつも、ゲーム画面のあれこれを操作したり試してみたりするのだが、どんなにやっても画面に映し出されているキャラクターを動かす事はできなかった。
成す術がない。
お手上げ状態だったのだが、しばらくすると何故か何も操作していないにも関わらず勝手にキャラクターが動き出して驚いた。おかげで手が滑って、ゲーム機を床に落としてしまって壊れてないか心配する羽目になった。
画面の中では、紅蓮に似たキャラクターが混乱したようにしばらくウロウロしていたり、マフラーを拾って身に付けたりしていた。その行動はどういうつもりなのか。あれだろうか。ツンケンしつつも実加に気があるとか。いや、そんなのない。
とにかくそんな姿を見ていると、とても仮想の世界の登場人物とは思えなかった。まるで本物の人間みたいに見える。
しかし奇妙な事に、それと同じ時期に実加達のいつ部屋の中に鍵が出現して、何故か自分達は金縛りにあったかのように動けなくなってしまった。
いきなりの事に、クラスメイトの気の弱い女の子が泣き出してしまうのだが、部屋の中の壁に……今まで気が付かなかったが、保護色になっていた白いスピーカーが声を伝えて来て、クラスメイト一人の名前を呼んで直進の指示を出してきた。
そのクラスメイトが操られたように動き出す。
そこでもまた色々、皆が驚いたり、怖がったりしたのだが、ただ部屋の中に落ちていた鍵を拾う為だった事に気が付いて、落ち着きを取り戻した。
そして指示に従い続けて、その鍵を扉の方へ持って使えば、白い部屋から出られるようになった。
操られるのは皆怖がっていたが、ここから出してくれるだろう様子に希望を抱いて、励ましの言葉をかけあった。最初に皆をまとめた影響なのか、それからも実加は、脱出に向けて行動する度にまとめ役として声をかけることになった。クラスのリーダー的な存在……とまではいわないが、行動力があって適役だったので自然とそうなっていった。
けれど廊下に出た後に、右の通路を進んで行ったクラスメイトの姿が天井から落ちてきたトラップみたいなもので突然消えてしまった後は、ずいぶんとパニックになった。実加も同じだ。何が起こったのか分からず、自分達もあんな風に突然消えてしまうのかと思って、怖くてたまらなくなった。
それからも操られ続けて一人、また一人と消えていくクラスメイト達を見つめる事しかできなかった実加達は、絶望の真っただ中に放り込まれた。
犯人を許せない気持ちと皆を助けるという正義感のおかげで、実加は何とか、うわべだけでも気丈に振る舞う事ができた。他の者達を気遣い励まし続ける事もできた。けれど、それでも気を抜くとすぐに限界が来てしまいそうだった。
どうしてこんな目に遭っているのか分からない。
なぜ自分達が、こんなひどい事をされなければならないのだろう。
心の中では、いつだってそんな風に思っていた。
自分の意思で動けるのならまだしも、誰かに操られて生死の行方を左右されるなんて、耐えられなかった。こんな事以上の恐怖が世の中にあるだろうか。
いつ自分の番が来て消えてしまうのか。それは次か。次の次なのか。
きっと実加も皆も、そればかり考えていたはずだ。周辺からは、泣き声しか聞こえなくなってしまった。
こんな時に、ぶっきらぼうでとっつきにくいものの、頭がそれなりに良いらしい紅蓮がいてくれれば、と思う。
何かきっと思いついて、状況を変えてくれたかもしれないのに。
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