第20話 安全権利
そして、試練が始まって数分が経った。
そう言えば最後になるまで生き残れという話だったが、その最後とはいつなのだろうか。
リアル迷宮・ゲーム迷宮内に、時計の様なアイテムがないか探してみたが、それらしいものは全く見つからなかった。時間制限のある試練ではなさそうだ。
『では、こちら側五ターン目です』
ゲーム迷宮サイドのターンが終わり、リアル迷宮サイドの五ターン目開始。
順番は僕、リンカ、イトナの順で行われる。
僕が1、2、3、4、とマスを踏んで、それに倣ってゲーム迷宮ではユニット達が1、2、3、4、と踏んでいく。当然難なくクリアだ。
そんな調子で、リンカ、イトナも試練をこなしていく。
序盤は順調だった。
単調な作業をこなしていくため、逆に気が緩まないか心配になってくるくらいだ。
だが、この迷宮の試練がそんな平穏としたまま終わるはずがない。
僕の予測を証明する様に、異変は起きた。
ある程度こなして行った後……リンカのターンで早々にそれは証明される。
彼女の悲鳴が上がった。
どすん、と大きな音。そして衝撃が伝わってくる。
「きゃっ!」
突如、頭上から鎖のついた凶器が降ってきたのだ。
それは彼女だけにじゃない。
リンカの近くにはハンマーが、だが。
マスの近くにいた二人……僕の近くには包丁が、イトナの近くにはチェーンソーが降って来た。
「うわっ」
「っ!」
白い床に突き刺さる凶器が、恐ろしい。
床を伝って来た衝撃が、心をくじきにきていた。
まさか、と思っていたがやはりそう来たか。
あんな風に存在を見せつける様に設置しておいて、ただ飾りにしたままにするはずがないのだ
次のターンも、それは降ってくる。
イトナがマスを踏み終えた直後に。
影が差したと同時に僕達は避ける。
幸いにも、事前に警戒していたのもあってか、余裕で回避することができた。
けれど、人一人を勘簡単に殺す事の出来る凶器が降ってきた事実を実際に目にして、驚かない方がおかしい。心臓が暴れ狂っていた。
地面と接触した後、凶器は繋がっていた鎖が巻き上げられて、天上高くへの位置へと戻っていく。
知らず、とめていた息を吐き、注意を促す。
「やる奴以外は、離れてた方がいいな」
「そうだね」
「でも、リンカ。それでも油断するなよ」
「うん」
無理やりにでも集中を取り戻す。
これが正真正銘最後の試練ならば、何としてもクリアしなければならない。
僕達だけではない、他の人間の安全もかかっているのだから。
返事をしなかったイトナの様子が気にかかったけれど、結局何も言えなかった。
こんな時にかけるような、気の利いた言葉なんて知らないし、余計な事を言ってケンカになりたくなかったからだ。
だけど、暗雲はどかない。
ターン数が増えいくに従って降ってくる武器の速度が速くなり、量が増えてきた。
今、僕の番で十ターンが終わる。1、1、1、1とマスを踏んで、ユニット達も同じように行動していった。その時にはもう武器は、少しの油断が致命傷になりかねない脅威になってしまった。
『新たな説明文が解放されました。只今の安全権利買収率50%です』
そんな中、唐突にゲーム機に浮かび上がった言葉。
耳慣れないその内容に首を傾げざるをえない。
「安全権利?」
巻き上げられて行く武器を視線で追いかけながらマス目のある場所から下がり、ゲーム画面を覗き込む。
そこには追加の説明文が書かれていた。
リンカとイトナの声が横から聞こえる。
「これって、追加のルール……?」
「後だしで説明なんて」
リンカは訝しそうに、イトナは憤りをこらえきれないと言ったように。
(まったく、ふざけてる。自分の方が立場が上だからって)
僕の感情はイトナよりだった。わきあがる激情に目がくらみそうになりながらも、必死に自制を聞かせて、追加分を目で追っていく。
『試練のターンクリア回数に応じてプレイヤーの安全を保証します。こちら側のプレイヤー一人につき安全権利二十パーセント。あちら側のプレイヤー一人につき、安全権利一パーセント。人数分のパーセントで全プレイヤーの安全を保証します。迷宮からの完全開放を約束します』
最後までってそう言う事か。
今は十ターンで五十パーセント。
だから、ユニット換算だと五十人分の安全で、プレイヤー(おそらく紅蓮達)換算だと、二人分と十パーセントがあまりということになる。
五十を十(今までのターン数)で割ると五だ。計算すると一ターンを経る事に五パーセント上がっている事になる。
僕達で六十パーセント、ユニット達はリンカとも合わせて二五人だから八十五パーセントになればクリアと言う事になる。それが、今まで明示されてなかった目指すべきハッピーエンドの条件なのだろう。途中で失敗した場合は……安全権利がある分以外の人間を助けられなくて、バッドエンドになってしまう。
(ハッピーエンドとかバッドエンドとか……、人の命がかかってるのに。僕はゲームに染まりすぎたのかもな)
色々言いたい事は山ほどあったが、それを飲み込む。
後、三十五パーセント。ターン数にして、七ターン。
降り注ぐ凶器の雨は、よりいっそう狂気じみてきて笑い事にならない域にまで達している。最初から笑える要素など一つもなかったが。
終わりが見えただけマシだと言い聞かせなければ。そうでもしないとやってられない。違う。やってられなくても、やらなければならないのだ。出来るかじゃなくて、やる。そのつもりで挑まなければ。でないと恐怖で心が折れそうだった。
「これで本当に終わりなんだよな、じゃなかったら殴るぞ。くそっ」
気を引き締める。たかが七回だ。それさえこなせば皆助かる。皆帰れる。平和な日常が帰ってくる。もう危険な目に遭う必要なんてなくなる。
それだけを目標にいまはただひたすら頑張るしかない。
けれど、僕は気が付かなかった。
その時は、自分の内心の事で手一杯だったから……。
リンカが心配げにイトナを見ている。
もっとよく、その事に注意を向けていれば、後の展開はまったく違ったものになったかもしれないというのに。
「イトナ君、大丈夫?」
「ああ」
イトナは、何を考えているのか分からない表情でじっとマスの方を見つめていた。
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