第19話 真なる試練



 思わぬ形で、同じ境遇の者と出会ってしまったが、僕達のやる事は変わらない。

 取りあえず互いの状況を伝え合う事にした。


「お前はこれまでどうしてきたんだ?」

「君達と同じだと思う」


 イトナの携帯ゲーム機を見せてもらい、手持ちの手札や戦力を教えてもらう。

 だが、彼の状況は想像したよりもはるかに悪いものだった。

 所持アイテムは少なく、ユニット……知り合いの数はゼロになっていたのだ。

 

(よくそんな様子でここまで辿り着けたな)


 聞けば、一つ前の部屋でかなり手こずって、そんな具合になってしまったらしい。


 試練の内容は僕達とは違うものだった。

 この迷宮、一本道ではないらしい。

 イトナは僕達の知らないトラップや、試練をくぐりぬけてここまで来たのだとか。


 そういえば、監禁部屋を出る時に行先が右と左に分かれていたなと思い出す。

 選択次第では、僕もリンカと出会わなかったかもしれない。

 その場合の事を考えて、少しぞっとした。


(リンカと会えないなんて、そんなの嫌だ)


 その場合、僕は間違いなく潰れてしまっていただろう。

 そうでなくても、この迷宮で一人で行動するというのは色々きつい。


(そういう意味だと一人でここまでやってきたイトナは凄いんだろうな)


 嫌な奴という印象はぬぐえないが、話もしたくないと言うほどにはならなかった。


 ある程度イトナと会話を進めた後、ユニット達についてどう思っているのか聞きたくなった。

 けれどイトナは「そんな事、ここで話しても意味ないだろう?」と言うばかりで、話にならなかった。  


 協力をするには不安が残るが、考える頭は一つでも多い方が良いに決まっている。共に攻略に望む事にメリットはあれど、デメリットはないはずだ。


(ここで一人で残して行っても心配になるだけだしな……)


 胸の内にもやもやが残っているものの、目をつむる事にする。

 

 とにかく今度こそ、挑む試練がこれで最後になるものだと信じて、三人目のメンバーを加えた僕達は、目の前にあるプレートのついた扉をくぐっていった。






 最後の試練は表紙抜けするほど簡単なものだった。

 最後まで生き残る事。

 目標はそれだけだった。


 部屋の中を眺めると、おなじみの白づくめの内装になっている。その部屋の中央……、そこには縦三マス横三マスの表、合計九マスのマスがあった。

 ゲーム機の画面を覗いてみるが、ゲーム迷宮でも全く同じのようだった。


 それぞれのマスには一から九の数字が書かれていて、毎ターン事に紅蓮達はそのマスを必ず四つは踏まなければならないらしい。リアル迷宮側の紅蓮がそれを最初に踏めば、ゲーム迷宮側のユニット達がそれと同じマスを踏む(その間ユニットたちはこちらの指示を受け付けずに自由行動状態となるらしい)。


 それで、最後のターンになるまで交互で行動を繰り返す事が出来たらクリア、というものが試練の内容だった。


 こちらの様子が分からないユニット達にどうやって数字を伝えるのかと思ったが、よく見てみると、ゲーム迷宮内には白いスピーカ―の様な物が部屋の壁についていた。分かりにくい。たぶんあそこから音声で数字を伝えるのだろう。


「何かあるんじゃないのか、これ」


 だが、あまりにも簡単すぎるのが気にかかる。


 他にないかないかとつい疑いの目になってしまう。今までの事や、一つ前の試練だって、油断した時に僕達の足元をすくうような事が起きていたのだから。


(クリア間際に条件追加……、なんて事もありそうだよな)


 そう簡単には鵜呑みにできなかった。


 けれどリンカに言われて、挑戦を促される。


「これが本当に最後なら、どっちみちやるしかないよ。やろう、二人とも」

 

 そうだ、どっちにしろ僕達に取れる選択肢は、挑戦するかしないか。ここから出たいのなら、試練に挑むしかないのだ。たとえ相手に弄ばれる事が分かっていたとしても。


「そうだな、クリアするしかない」


 決意を新たにした僕達は部屋の中を進んで、マスの前へ。

 そこまで進むと、室内の異様さが目に入った。


「何だこれ……」


 視線を上げればそれが否応なく目に入ってくる。

 重苦しい気配と言えばいいのか……殺意みたいなものを人間が本能的に感じ取れるのかどうか分からないが、とにかく紅蓮はそういう気配の様な物を感じて頭上を見上げたのだ。


 イトナやリンカも遅れてそれに気が付く。


「あれは……」

「あっ!」


 そこにあったのは明確な悪意だ。

 天井からぶら下がる凶器、凶器、凶器。

 たやすく人を殺傷できる武器の群れが頭上に吊り下げられているのを目にして、息を飲んだ。


 思わず、その場から後ずさる。


「あんなの当たったら大変だよ。ゲームの方じゃ、そんなのないみたいだけど……」


 クラスメイト達が心配だったのか、メールをチェックしたらしいリンカが声を上げる。この狂気的な凶器の群れは、どうやらリアル迷宮だけの光景らしい。

 青い顔をしているリンカの横から画面を覗き込めば、確かにリンカのクラスメイト達からは、マスに対しての反応しか読み取れない。


「あれを避けながら行動しろって事なのか……」


 僕達はここまでずっと、卑怯な手やら絡め手などに悩まされてきたのだが、今までこうやって直接力で押さえつけられるような事はなかった。

 何だかんだいって、リアル迷宮にいる僕達の安全が脅かされるような事は一度もなかったのに。


 今目にしている光景は明らかに者達を傷つけるものだ。これまで曖昧だった犯人の敵意や害意が痛いほど感じられて、身震いしそうになった。

 

 喉をならして唾を飲み込む。


(……失敗できない)


 そう考えて、そんなの今更だと思った。

 人の命がかかっていたのだから、失敗できないのは今までも同じだった。

 ユニット達と僕達の立場がようやく同じになっただけだ。


 今までは自分だけ安全を得ている状況に、後ろめたい気持ちがあった。クラスメイト達の犠牲で成り立っている安全な状況に、嫌気が差しそうになる事だって何度もあった。


 適材適所で僕の方がゲーム操作に慣れているから妥当な役目だ、……と言えばそれまでだが、やはり無視できないほどの負い目を感じていたのだ。


 きっと画面の向こうで、クラスメイト達は命を懸けて戦っているはずなのだ。なら僕が同じ場所に立つ事に躊躇ってどうするのか。


(そんなの望むところじゃないか……)


 そんなこちらの意気を感じ取ったかのようにリンカが大きく頷く。


「その調子だよ、私も頑張るから」


 イトナは、何を考えているのか分からない。静かに物思いにふけっているようだ。


 急ごしらえのパーティーだから、非常時の協調面で予測がつかないという不安が残っているが、進むしかない。


 こちらの意気が上がったのを見はからったかのように、部屋の中に合成音声が流れる。


『只今より最後の試練を始めます。ではこちら側、一ターン目です』


 本当の本当に、これが最後になると信じて、試練へと臨んでいく。


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