第18話 まだ終わりじゃない



 そんな風に、嬉しい申し出を受けた後。

 僕達は、出口だろうと思わしき扉の前に着いた。


 のだが……、


 その扉の前で、思いがけないものを見た。


 人間の少年だ。僕と同じくらいの歳の、生意気そうな少年がそこに立っていた。

 

 神経質そうに周囲の様子を伺っていたそいつはこちらに気づいて、眉をひそめる。

 最初に、シミも汚れも全くなさそうな綺麗な服を着ているのが目に留まった。黒いズボンと白いシャツはよれた所がまったくないくらいピッシリしている。勘だが、そこそこ良い家の人間なのかもしれない。


(こいつ、ひょっとしてお坊ちゃんとか……?)


 庶民的とか貧乏くさいとか言うわけではないが、リンカや美加とは醸し出す雰囲気が全くの逆だった。親近感が湧かないと言うか。実加の場合とはまた違った意味で、好きになれそうにない少年だ。

 その少年は僕達の姿を見つけるなり、不機嫌そうな声で話しかけてきた。


「君達もここにつれてこられた子供の一人なのか?」


 どうやら僕達と同じ様に、攫われてきたらしい。

 少年はイトナと名乗って簡単に自己紹介をしてきた。


「グレンと、リンカか……」


 こちらも名前を名乗ると、イトナは自らが背にして立っていた扉の方を視線で示した。そして、元から不機嫌そうだった声を、更に不機嫌そうにして話を続けてくる。


「この扉に書いてあるプレートの文字を読んでみたらどうだ?」


 僕が言う事ではないだろうから言わないが、もう少し友好的な態度というものを示さないのだろうか。

 この迷宮はそれなりに難しくできていて、協力した方が良い事だとイトナも分かっているはずなのに。


 祖思っていると視線の先のイトナが、悔し気な色を表情ににじませた。


「俺は騙された。さっき一つ前の部屋が最後の試練だと思ってたのに、ここもそうだった。最後の試練が一つだとは言ってない、って具合なんだろうな」

「……は?」


 相手に対して思う所はあったが、その感情はすぐにふきとんだ。

 耳にした言葉が信じられなかった。

 聞いた内容をよく呑み込めない。


 思わず尋ね返してしまったが、イトナはそれ以上詳しく喋る様子はなく、無言で扉の方を示し続けるのみだ。


 反応したのはリンカだけ。


「どういう意味だろうね」


 同じように思っているだろうリンカと顔を見合わせて、扉の前へ向かう。

 そこにあったプレートの文字を読み上げた。


『ここより先、真なる最後の試練の場、心してかかるべし』


 内容はそんな具合だ。

 他にもこの先に出口があるとか、迷宮の終わりは近いとか書いてあったが上手く内容を考えられない。


 だがしかし、時間が経つにつれて徐々にその意味を理解してくる。今まであった事を思い出せば、当然怒りが湧いてきた。


「な、なんだよそれ! 最後って言ったら普通、最後だろ」


 裏切られたのだ。僕達は遊ばれていたらしい。こちらを監禁した犯人に。

 そいつは、こちらが必死になっているのを高みの見物で楽しみ、それでも足りずにまだ試練を用意しようとしているのだ。


「ふざけんな。出てこい!」


 壁を殴りつける。

 感じた痛みよりも、腹立たしさが勝った。

 腹の底から怒りが湧き上がる。

 僕達も、クスメイト達もどれだけ苦労してここまで来たか。


 何人も仮想の命を殺してきたけれど、これほど誰かを憎いと思った事は今までなかった。

 ゲームではいつだって、無感情で人を殺してきたから。


 だから、はっきりと誰かを現実にあるこの手で、殴ってやりたいなどと思ったのは初めてだった。


 いたわるような声がリンカからかけられう。


「紅蓮君……」

「憤っていたって仕方がないだろう」


 はらわたが煮えくり返るような思いを味わっていると、冷めたような表情でイトナが声をかけてきた。


 こいつはどうしてそんな平然としてられるのだろう。今までの努力が無駄になってしまったというのに、怒りが湧かないのが信じられなかった。考えている事が分からない。


 イトナはさらに言葉を続ける。


「君は名前の通り暑苦しい奴なんだな。そんな事より、今は情報を共有するのが先だ。ゲームのデーターや今まであった事を話すべきだ。違うかい?」


 その通りだった。

 分かってる。

 イトナの言ってる事は正論だ。


 ここで感情のまま怒鳴ってったって意味がない事ぐらい、分かっているのだ。

 それでも、そんな正しい理屈で押し込められるほどの裏切りではなかった。どうしても我慢ならなかったのだ。


「くそっ!」


 だが、犯人は立場が上で、こちらはその犯人よりも立場がした。

 相手の気分でどうとでも料理されてしまえるような、そんな立場にいる。

 押し込められなくても押し込むしかない。


 僕はもう一度目の前にある扉を殴りつけて、無理矢理怒りを鎮めた。

 改めてイトナに向き合う。


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