第13話 人を好きになる事



 聞きようによっては、相手を傷付ける様な質問。

 そんな疑問を放った後に、あらためて思う。


 リンカの事は尊敬しているし、凄いと思う。

 けれどその時は、純粋な疑問を抱いていた。

 どうして彼女は、怯える事も不安に思う事もせず、ごく普通の態度でいて当たり前のように人を信頼できるのか、と。


 それを聞いたリンカは、問いかけに対して首を振ってみせた。


「何でもかんでも完璧に信じられているわけじゃないよ。私だって怖いと思うし、不安だって抱えてる。でも、……信じてあげなきゃ信じてもらえないから。こういうのは、きっと人間関係と同じだよ。話したかったら、待ってるだけじゃなくて自分から近づいていかなきゃ。一緒に遊びたかったら、誘ってもらおうとするんじゃなくて、こっちから誘いに行く。シンプルで、とっても簡単な事だと思うな」


 そういって自信たっぷりに、けれど優しそうに微笑む少女は、僕よりもずっと大人びていて、まっすぐ見つめていられなくなりそうなくらいに眩しかった。


(リンカは簡単だってそう言うけど、僕には難しくてそんな事は、とてもじゃないけど無理だ……)


 そう思い視線をわずかに落とすと、リンカがこちらの手を掴んで顔を覗き込んできた。表情はさっきと変わらない。


「私は紅蓮君を信じてる。とっても頼りになる友達として、信じてるから、だからちっとも怖くないんだよ。元気出して。私じゃ、紅蓮君がどうしてそんなに悲しい顔をしているのか分からないけど。私は、君がいてくれるから頑張れるんだよ」

「……僕が?」


 信じられない気持ちで聞き返せば、少女からは大きな頷きが返ってくる。


 平気じゃないないのだと、リンカはそう素直にはそう述べる。


 でもそれでも、その平気ではない感情を乗り越えられる理由が僕にあるのだと、そう彼女は言ったのだ。そんな風に言ってもらえた事が何だかこそばゆくて、温かくて、そして凄く嬉しかった。


 こみあげてきた感情を、つたなく言葉にのせる。


「あ、ありが……とう」


 するとリンカはふわりと笑った。

 温もりを感じさせる、優しい笑みだった。


「どういたしまして」


 叶わないな、と思った。

 ただ純粋に。


 それは勉強や運動の成績だとか、ゲームの優劣だとかそう言う所ではなくて、もっと大きな……人間の本質的な所で叶いそうにないと、そう思ったのだ。自分で言ってて、よく分かっていない事なのだが。


 なんだか照れ臭くなって、先ほどの事を急いで謝る。


「えっと、ごめん、リンカだって辛いはずなのに。変な事聞いて……」


 けれど、そんな僕をリンカは笑って許してくれる


「いいよ。私は全然気にしてないから。さぁ、早く先に進む為にもいいアイデア出さないといけないね。一緒に考えよう」


 今まで僕は、誰かに対してあまり好きだと言う感情を抱く事がなかった。

 嫌いならたくさんあるが、好きなんて感情を抱くのは、本当に稀にしかないし。


 そんな事があったとしても、大抵はゲームの中の登場人物だったし、両親の様なロクでもない人間や、お節介が押しつけがましい奴だけだったから、それが本当にどういうものなのか実感できなかったのだ。


 だけど今、僕ははっきりと……リンカの事を人として好きになったのだと思う。


 友達や仲間に対する感情の延長線上にある感情。


 その人の力になりたいと思う事、その人の笑顔を守りたいと言う事。

 その人が思う喜びを、悲しみを、共に共有して、分かち合いたいと思う事。


 それが人間を好きになると言う事なのだと、その時にはっきり分かった。


 そんな大切な事を教えてくれたリンカと、これきりで分かれるような事にはなりたくない。

 気は早いが、この迷宮から出られてもまた会えるようになれればいいな、と自然とそう願っていた。


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