第11話 夢
淡い色のついた夢の中は、穏やかだ。
どこか温ったくて、甘ったるくて、幸福で、平和で……。
訳もなく安全な場所で守られていると思ってしまうのは、現実と夢を識別する感覚が曖昧になっているから……なのだろうか。
母親の腕の中という物はそういう物なのかも知れないな、と紅蓮はぼんやりとそう思った。
抱き上げてもらった記憶も、手を繋いでもらった記憶も、触れ合った記憶一つすらないのに。それはそういう物なのだと、己の命が覚えているような感覚だった。
しばらくの間紅蓮はそんな夢の中、現実の事を忘れて、ふわふわとした時間をただただ平和に過ごしていた。
夢はやがて、時間が経つ事に明瞭になってくる。
見えている景色は輪郭がはっきりとして来て、何の音もない空間には人の声の様なものが響いてきて……。
紅蓮は、そこで見た。
両親がまともで、紅蓮もゲームに依存しているような覚めた人間でない、そんな普通の家の生活。たった一日分の、それだけの時間の幸せな夢を。
友達もたくさんいて、学校の放課には他の生徒達とと共にグランドで遊んでいるし、休日には家族で山だの海だの色んな所に出かける夢を。
その夢の中を過ごす紅蓮はその光景が、現実ではない……決してあり得ない水面に映る月の様なものだと、内心で気が付いていた。
だがそれでも、そうだとは思いたくなくて必死に気が付かないフリをする。
まるで嘘を嘘だと思い続ければ現実にでもなってくれると、そう思い込んでいるかのように。頑なに、意地になって、見ないフリ、気が付かないフリを続けて……。
けれど、本物でない光景が偽物を超えるような出来過ぎた奇跡など起こるはずもない。抱いた願いに反して、見える光景は変わっていってしまう。
他人と距離を置く毎日を過ごす紅蓮。家族に事務的な態度しかとってもらえない紅蓮。ゲームにのめり込み仮想の命を殺める毎日を送る紅蓮。
そんな本当の光景に。
そんな夢の中、逃避の為にゲームをする紅蓮へ掛かる声がある。
――――可哀想、可哀想、彼等にも命があったのに、殺すなんてひどいよ。
最初は聞き覚えのある男の声だったのだが、それは徐々に女性のような声へと変化していった。
――――たくさんたくさん殺したね。悪い人も良い人も、人間じゃない生き物も。
――――ねえ、知ってる? 罪は犯した分だけ償わなくちゃいけないんだよ。許してもらう為に、たくさんたくさん頑張らなくちゃいけないんだよ。
――――ねぇねぇ、知ってる? この世界には、君ほどじゃないけど命を軽視する人たちが多すぎるって事。たくさんの人が、一日にどれだけの死を生み出しているんだろう。
――――恨んじゃうよ、恨んじゃうよ。たくさん恨んじゃうよ。殺された分だけ、死んだ分だけ。
――――だから、覚悟してね。たくさんのゲームの世界の、期待を背負った希望の勇者さん。ううん、違うかな。ゲーム内の命達から見たらこういうのがふさわしいね、血も涙もない冷酷無慈悲な勇者様。
目が覚めた。
どれくらい睡眠をとったのか分からなかったが、身体的な疲労は多少取れているようだった。体が少し軽い様な気がする。だがそれと別に精神的な疲労は眠りにつくよりも、ずっと増してしまっている様に思える。心が重かった。
つい先ほど聞いた、不快に響く女性の声が耳にこびりついて離れない。
「何だ? 今の」
見回すが、この場には紅蓮と、こちらの肩に頭をもたれさせて眠っているリンカしかいない。
「ひょっとして今こんな事になってるのって」
紅蓮ががたくさん殺したから、その恨みでこうなってるのではないのだろうか……?
そんな現実的でない可能性が頭の片隅をよぎる。
昔から嫌な事には気が付かないように、耳を塞いで目を閉じて生きて来た。
だからクラスメイト達の名前も憶えなかったし、距離を知事める努力もしなかった、ユニットの正体もメールの機能が加わるまで考えなかった。
でも、この事に関しては逃げては駄目だと思った。
正直、目をそらして、聞かなかった事にしたいばっかりだが、いずれ会うだろう犯人に聞かなくてはならない。
この事件がどういう目的で始まったのか。
たとえ、おおよそ現実にはありない事でも……。
たとえ、その発端が推測通りの人物のせいだったとしても……。
真実から目を背けてはいけない。
紅蓮は知らなけれなならないのだ。
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