ギリギリの決断②

 アパートに戻ったノボルは、大きく息をついた。


 今日も何とか一日が無事に終わった。


 ここ数日の仕事は、かなりキツかったような気がする。


 しかも、今日の分は給与もない。


 そのためか、全身にたまった疲れが一層重たく感じられる。


 少し休みが必要かも………。


 それはノボルの率直な気持ちだったが、半分は自分への問いかけでもあった。


 テーブルの上には、ゴーグルメガネ。


 壁時計を見ると、午後六時五十二分。


 仕事への返信締切は七時なので、あと八分しか残されていない。


 ノボルはポケットからスマホを取り出すと、事務所から送られてきた案件メールの内容をもう一度表示させた。


 ・業務内容 遺品整理関連業務


 ・勤務場所 四区六十一番地


 ・勤務時間 午前八時から午後五時


 ・支給金額 五千二百円(用具準備費・交通費込み)


 ・集合場所 午前七時三十分に細溝駅前


 受けるか、やめておくか。


 まだ答えが決まらないままとりあえず椅子に座り、改めて今日の出来事を振り返ってみた。


 あの光る球体のようなものは何だったのか………?


 白と黒の二種類があった。


 さらには、円環。


 そうかと思いきや、何もない人たちもいた。


 一体、どういうことなんだろうか………?


 ノボルは疑問符が頭の中をグルグルと回るのを感じつつも、ゴーグルメガネを手に取ってみた。


 自分は、どうなんだろう………?


 素朴にそう思ったノボルは、黒縁メガネとかけ替えてから洗面所の鏡の前に立ってみた。


 ………!?


 胸には白く光る球体、頭には円環があった。


 だからといって、何の感触もない。


 ただ、ほんのりと発光するそれらのものを見ていると、気持ちが温かく包まれるような感じがした。


 だからノボルは、しばし鏡に映る自分の姿を眺めた。


 そして、そのあとで、再度黒縁メガネに戻した折、不意にある考えが浮かんできた。


 ゴーグルメガネで不思議なことが起きたのであれば、ひょっとしたら他の四つのものでも………?


 ノボルの胸中に、謎のアイテムへの好奇心と、新しい何かが始まりそうな予感が静かに込み上げかける。


 が、現実的な生活への不安と、蓄積し続ける日々の疲労感とがないまぜになって立ちはだかる。


 その間にも、刻一刻と時計の針は進む。


 すでに五十九分。


 答えは………。


 ノボルは右手の人差し指をスマホの画面に近づけると、案件メールの「断る」ボタンを押した。

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