第十九話 やさしい気持ち

 カメラから抜き出したメモリを小型端末のジャックに差し込んだミサコは、しばらく早送りをしたあとで再生ボタンを押した。


『長官、よろしいでしょうか! 予言者アゲハは、これまでにお告げを通して、何度も隕石について警鐘を鳴らしてきたそうです。しかも、最近、二十五日から三十一日まで、七つの彗星が毎日一つずつ地球の近くを横切っていくとまで具体的なことを告げたと言われています。そして、すでに昨日と今日、それが現実に起きています。私はアゲハの予言を確かめるためにビデオカメラでその様子を撮影し、証拠として残しています。このことからしても、アゲハは“本物”だと断言できます。実際、ここ数年の間に小隕石がいくつも落ちてきていることから、再び七連災禍のような大惨事が起きる可能性がなきにしもあらずだと言えるのではないでしょうか。そして、もし本当にそうなれば、本京都も準京都もなくなるはずです。何故なら、全ての人に関係する一大事だからです。だからこそ、今こそ対立を越えて、アゲハの言葉に耳を傾けるべきだと思いますが、そのことに対する長官の考えをお聞かせください』

『その質問は会見の趣旨から逸れていますので、返答は控えさせていただきます』


 画面にミサコと佐山が交互に映し出される。


『趣旨から逸れていません! 隕石に関することは、砂子坂観測所の仕事のはずです! だから答えてください!』

『申し訳ありませんが、私の返答は、今、お伝えした通りです。他に質問もないようなので、これにて会見を終了させていただきます………』


 ミサコはそこで停止ボタンを押した。


 車のハンドルを握るトモキが、その様子をチラッと見る。


 助手席のミサコは小型端末をシートに置くと、窓の外に目を向けた。


 本当に気が強い人だな………。


 というより、芯があると言ったほうがいいのかも知れない。


 真実を追求しようという断固たる意志。


 そのためにトモキはいつも引き回される側だったが、悪い気はしなかった。


 自分の持っていない要素だったからだ。


 それに、人知れず優しい面があることも知っていた。


 だから、大して役には立たないかもしれなかったが、トモキなりにフォローしてあげたいと思っていた。


「止めて!」


 と、ミサコがまたいつものところでそう言った。


 放送局にほど近いスクランブル交差点の手前。


 毎回、取材などの帰りに必ず行うことがあったからだ。


 ミサコはトモキが路肩に車を停止させるとさっさと下り、歩道でうずくまっている少女の元へと近づいていった。


 汚れた服の幼い女の子の前にはお椀。


 その中に数枚の紙幣を入れると、頭を撫でてあげる。


 が、色を失くしたような幼子の表情は変わらなかった。


 それを見たミサコは、少し悲しげな面持ちになったが、やがて立ち上がると車に戻りかけた。


 すると、通行人の一人が少女のお椀にお金を入れる。


 そのあとで、今度は数人。


 まだ思いやりのある人がいるんだ………。


 普段なら少女のことはほとんど見向きもされないので、ミサコは少し嬉しい気持ちになりつつ助手席に乗り込んだ。


 そして再び車が動き出すと、見えなくなるまで少女を眺めていた。

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