幻想と現実のはざま②
………やがて視界が正常に戻るや、三玲はしばし思考停止に陥った。
自分に組み込まれてるプログラムには、たった今、目撃した現象を理解するためのロジックがなかったからだ。
ただ、何をするべきなのかは分かったので、左手の袖を少しまくった。
手首には超光速通信装置“ささやきさん”。
形は真四角、中央に液晶画面、左の側面にはプラグの差し込み用のジャック、右側には発信用のスイッチ、さらには腕時計のように手首にはめるためのベルトもついていた。
三玲がすぐさまスイッチを押し込むと、画面に糸電話のマークが現れる。
それは呼び出し中の表示で、ほんの数秒の間のあとで、そこに一人の男が映った。
三十代ほどの容姿。
藍色の髪と瞳。
三玲と同じ制服とバッジ。
コードネームは“
九恩は三玲の上官であり、地球観測任務を統括する司令官だった。
「九恩さま、申し訳ありませんが、私はこれより任務を離脱します………」
『………』
九恩は突然の三玲の言葉を聞いてしばし黙した。
だが、動じた様子は見受けられなかった。
恐らく、過去にも似たような状況があったからなのだろう。
だからなのか、間違いなく“処分”の対象となるようなことを口にした三玲に対して細々としたことは言わず、単刀直入に聞いてきた。
『理由は………?』
「私も視みました、光の人を………」
『………!?』
それを聞いた九恩は、さすがに目元をわずかに上げて驚いた素振りを見せた。
『託されたものは?』
「ありますが、お見せすることはできません」
『何故だ?』
「誰にも見せてはならないと伝わってきたからです」
『………』
三玲がそう言うと、九恩はそれ以上何も聞いてこなかった。
九恩もまた、同じ出来事の体験者だからだった。
「だからお願いがあります、九恩さまに託されたものを送っていただけませんでしょうか?」
『どうするつもりなのだ?』
「私がやります」
『本気なのか………?』
「はい」
三玲が迷いなく答えると、九恩は再び黙したあとで言った。
『少し考えさせてほしい………』
「分かりました」
そして、その三玲の返答を聞き終えると、九恩が画面から消えた。
これでよかったのかどうか………。
三玲は袖を元に戻しながら、改めて考えた。
いまいち判然としない感覚だった。
九恩から明確な肯定も否定もなかったからだ。
とはいえ、自分の決意には微塵の曇りもない。
だから、まずは膝の上の紙を折りたたんで服の胸ポケットに入れる。
それから黄金色の羽を包み込むように手に取り、それは内ポケットにおさめた。
そのあとで、右手の腕時計で日付けを見る。
二〇三八年七月一日。
残された時間はちょうど半年。
それを確認すると、そのまま人差し指を立てる。
すると指先が開き、中から出てきた細いプラグをアームレストからせり出している小型パネルに差し込んで接続する。
機体システムへのアクセスは、ほんの数秒で充分だった。
あっという間に、一旦【観測録画モード中止】と表示されたあと、すぐ【着陸モード起動】に切り替わる。
地上到着まで九百四十七秒、九百四十六秒、九百四十五秒………。
そして、同時にカウントダウンが始まると、丸みを帯びたテントウムシ型の観測船が地球の周回軌道を外れて徐々に降下を始めた。
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