第一話 幻想と現実のはざま①

 なんて美しいの………!


 何度見ても、そう思ってしまう。


 だが、それは、メモリーバンクの中にあるデータ化された感嘆表現のコードの一つが読み込まれただけに過ぎない。


 スラっと伸びた手足。


 銀色がかった瞳と髪。


 淡い紫色をベースにしたスーツ系の制服。


 襟元のカラーには釣鐘の形をしたバッジ。


 外見的には、二十代半ばの女性にしか見えない。


 それほどまでに精巧に作られたアンドロイド。


 コードネームは“三玲みれい”。


 そして正面の宇宙空間に浮かんでいるのは、天の川銀河、第百二十五惑星。

 地球。


 三玲は操縦席のシートに座りながら、視線をゆっくりと動かした。


 数メートルほどの広さの機体内部は球状になっていて、左右に無数のパネルが埋め込まれていた。


 そこには、周回軌道上から超望遠カメラで撮影された様々な様相が映し出されていた。


 植物の受粉や萌芽、昆虫や魚の産卵と孵化、小動物や大型生物の出産。


 地球上の生命の営みを記録した映像データを毎日上官に送ること。


 それが三玲の任務だった。


 目的は、命の起源を紐解くこと。


 地球はまさにその宝庫だからだった。


 だが、このまま何もしなければ、いずれ闇に飲まれてしまう。


 三玲はそのことを知ってしまっていた。


 果たして、本当にそれでいいのだろうか………?


 だから、そう思いつつも、日に日に焦りともどかしさを募らせていた。


 とはいえ、いまだに具体的な指示はなかったので、勝手に動くこともはばかられた。


 ………!?


 と、突然、前方に浮かぶ地球の内部から滲み出して来るかのようにして一点の光が発生した。


 さらにそれは瞬く間に数倍に光度を増すと、その中に一人の人物の影が浮かび上がった。


 が、あまりのまばゆさのために、顔も容姿も視認できない。


 分かるのはシルエットのみ。


 その人には翼がある。


 大きな黄金色の。


 そして、肩の上で憩うようにしている白黄色の羽の蝶。


 ………!?


 そこまで確かめた時、三玲は信じがたいものを見た。


 膝の上に、忽然と出現したものが二つある。


 一つは、側面にちぎった跡が残る一枚の紙。


 見た感じでは何かの書物の一ページのようにも思えたが、文字は書かれておらず、全体を使ってある一場面の絵が描かれている。


《それは誰にも見せてはならない》


 ………!?


 と、どこからか声が聞こえた。


 というより、頭の中に直接伝わってきたような感じだった。


 三玲は何か言いたかったが、まるで体中の細胞がしびれてしまったかのように唇さえ動かすこともできなかった。


 それでも膝の上にあるもう一つのものが、ほんのりと発光しているのが見て取れた。


 それは黄金色の羽で、シルエットの人物の翼からもたらされたものだと直感で分かった。


 が、その直後、溢れ出すように光が一気に輝きを放ち、三玲の視覚がホワイトアウトした………。

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