第二章 2038年12月26日

第一話 球体と円環①

 ………ッ、ピピッ、ピピピッ!


 布団から出した腕が重く、鈍い痛みが残っている。


 ピピピッ! ピピピッ!


 目覚まし時計のアラームが耳障りに鳴り続ける。


 片目を開けて時刻を確かめると、午前五時十二分。


 シャワーのあとで少し休むつもりが、眠ってしまったようだった。


 とりあえず、起きないと………。


 手をテーブルの上に這わせると、何かにぶつかってそれが落ちるが、何とか目覚まし時計までたどりついてアラームを止める。


 が、体を動かそうとすると、全身に筋肉痛が走る。


 このまま眠り続けたい………。


 そんな思いに誘われつつも、痛みに逆らって起き上がったノボルだったが、ベッドから下りた時に何かを踏んづけた。


 今、テーブルから落ちたメガネだった。


 フレームがひしゃげ、レンズにややヒビが入っている。


 また、やってしまった………。


 これまでも何度となく同じことをしてしまっていたので、コンタクトにしたほうがいいのかも知れない。


 ノボルはそんなことを思いながらメガネをテーブルに戻すと、部屋の明かりをつけた。


 それから手早く出かける身支度を整え、充電器からスマホを抜き、現場までのルートと所要時間を調べた。


 そのあとでメガネのフレームを元の形に戻してかけてみたものの、フィット感はいまいちだった。


 視野に入るレンズのヒビも気になるばかりか、よく見ると汚れやくすみも張りついている。


 とはいえ、かなりの近視のノボルにはメガネがどうしても必要だったので、多少の違和感ぐらいはやむを得なかった。


 が、そんな折、とっさにあることを思いついた。


 すぐに部屋の隅に置いた二つのケースのうち、大きいほうを開け、ゴーグルメガネを一つ取り出してかけてみる。


 驚いたことに視界がスッキリした。


 このゴーグルメガネ、度が入っているらしい………。


 ノボルは改めて部屋の中を眺め、最後にテレビの横のフォトカードケースの写真を見た。


 あれから、もう何年経つのだろうか………。


 あの日以来、一日たりとも忘れたことはなかった。


 ノボルの中で、今も朝の日課として共に生きているのだから。


 それゆえに、消息を知る手がかりを探し続けていた。


 その一途な想いが実ったのか、昨日、予想もしていなかった形で、そのきっかけとなりそうなものを見つけた。


 だから、また会えるかも知れない。


 きっと、あの蝶が導いてくれる………。


 ノボルは願いを込めるように、しばしポストカードに描かれた七色の羽の蝶の絵に見入った。


 そして、念の為に黒縁メガネをリュックに入れると、重い体を引きずるようにして玄関に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る