半人半妖・第2話
霧斗のスマホが鳴ったのはその日の夜だった。見覚えのない番号に首をかしげた霧斗は自室に入ると通話ボタンを押した。
「もしもし、小峯です」
『もしもし。昼間お会いした早瀬ですが…』
不安そうに名乗る声を聞いて霧斗は声音を和らげた。電話の相手は昼間会った蓮の父親、早瀬徹だった。
「はい。昼間はありがとうございました。何かありましたか?」
『あの、少しご相談したいことがあるのですが』
躊躇いながらの言葉に霧斗は都合のいい日時を聞いた。
「場所はどこか指定があればそちらに行きますが?」
『では、猫足というカフェをご存知ですか?』
徹から出てきた店の名前に霧斗は一瞬戸惑ってしまった。
「えっと、知っています。というか、俺は普段そこでバイトをしているんで」
『え、そうなんですか?実は、入ったことはないんですが、会社から近いので。でも違う店のほうがいいですよね?』
そう言われて霧斗はカフェ猫足で大丈夫だと告げた。
「大丈夫です。では、明後日の18時にカフェ猫足でお待ちしていますね」
霧斗の言葉に徹は安心したように了承して通話を切った。
「きりちゃん、お仕事の電話?」
霧斗がリビングに戻るとソファでコーヒーを飲んでいた晴樹が尋ねる。霧斗はうなずくと向かいのソファに座った。
「晴樹さん、明後日の夕方から休みをください。あと、奥のテーブル席を17時30分から予約でお願いします」
「珍しいわね、きりちゃんがお店でお客さんと会うの」
晴樹の驚いたように言葉に霧斗は肩をすくめた。
「先方からの指定です。来店したことはないそうですが」
「そうなの。じゃあこれを機に常連さんになってもらえるように頑張るわね」
晴樹が悪戯っぽく笑う様子に霧斗は苦笑しながら「頑張ってください」と言った。
徹との約束の日、夕方でバイトを上がった霧斗は私服に着替えると奥の予約済みのテーブルに座って徹の来店を待っていた。
カラン。
乾いた音をたててドアが開く。時間的なこともあり他に客はなく、徹は奥のテーブルにいる霧斗を見つけるとホッとした表情を浮かべた。
「いらっしゃいませ」
「あの、待ち合わせなんですが」
声をかけた晴樹はにこりと笑うと徹を霧斗がいるテーブルに案内した。
「こんにちは」
「こんにちは。お待たせしてすみません」
軽く頭を下げて徹が霧斗の向かいの席に座る。晴樹はメニューを出すと「ご注文はどうなさいますか?」と尋ねた。
「あ、じゃあブレンドコーヒーを」
「かしこまりました」
晴樹が軽く頭を下げてカウンターに戻っていくと、徹はホッと息を吐いた。
「そんなに緊張しないでください。晴樹さんは口は固いですよ」
「すみません。こういうのは慣れなくて」
霧斗の言葉に苦笑する徹は見た感じ40代半ばほどに見えた。昨日会った蓮と目元がよく似ていた。
「お待たせしました」
少しして晴樹がブレンドコーヒーを持ってくる。晴樹はカウンターに戻るとき、さりげなく衝立を動かして他の席からふたりの席が見えにくいようにした。
「ご相談ということでしたが、息子さんのことですか?」
衝立で区切られたことで徹の緊張がわずかに和らぐ。霧斗がそれを見て尋ねると、徹は険しい表情でうなずいた。
「そうです。やはり、わかるものですか?」
「コンビニで見たとき、なんとなく人間とは違う感じがしました」
霧斗の言葉に徹は困ったように笑ってうなずいた。
「そうです。あの子は、あの子の母親は、人間ではありません」
「母親の正体はご存知ですか?」
霧斗が尋ねると徹は驚いたように霧斗を見た。
「何か?」
「いえ、こんな突拍子もないことを、信じてくれるんですか?」
「昔から、数は多くないですが、異類婚というのはあります。相手は妖だったり神だったり様々ですが。そして、俺は昨日彼と近くで話すうちに半分が人間でないことに気づきました」
徹は霧斗の話を聞いてぐっと泣きそうな顔になった。
「俺は、彼女が普通の人間だと思っていました。普通の恋人みたいに付き合って、そのうち結婚するんだと思っていました。でも、ある日、彼女は姿を消した。残されたのは生まれたばかりのあの子と、彼女からの手紙でした」
そう言って徹が差し出したのは日焼けしている便箋だった。それには自分が人間ではないこと。いけないと思いつつ徹を愛してしまったこと。徹との間に子どもをもうけてしまったこと。だが、それが仲間にバレて戻らなければならないこと。半妖が生きていくには妖の世界は厳しく、できれば人間の中で育ててほしいことが書かれていた。
「母親なりに子どもの身を案じたんでしょうね。でも、妖は長命です。だから成長が人間に比べてゆっくりだ。知能のほうは発達障害と言われそうですが、それですみます。問題は外見ですね」
霧斗の言葉に徹は弱々しくうなずいた。
「あの子は成長がゆっくりです。でも常識的なことはきちんと教えています。だから少し子どもっぽいだけと周りにも見られています。ただ、外見だけはどうにもならない。今はまだ童顔ですまされるでしょう。だが、この先、俺はどんどん年老いていくのにあの子は今とほとんど変わらずにいるのかと思うと、急に恐ろしくなって。俺は、どう頑張ってもあの子より早く死ぬ。俺が死んだあと、あの子はたったひとりで生きていけるのかと心配で」
そう言って項垂れる徹に霧斗はうなずいた。徹の心配は最もなことだ。人間と妖は時間の流れが違う。このままでは蓮は人間の中で生きていくことはできないだろう。
「蓮くんの母親の正体を聞いてもいいですか?」
「はい。おそらく狐だと思います」
「狐…」
狐と聞いて霧斗の表情は険しくなった。安倍晴明の母親が妖狐だったという話は有名だ。他にも狐との間に子をなしたという話はわりとある。問題は、その狐がいったいどれほどの力を持っていたかということだった。
「九尾の狐というのはご存知ですか?もし蓮くんの母親が九尾、もしくは多尾の狐であったなら、それは妖狐の中でも位がかなり上になります。それだけ強い。つまり、それだけ強い力を蓮くんが引き継いでいる可能性があります」
「蓮が?あの子は今まで見えない何かと話をしているくらいで、他に変な力なんて見たことがないんですが」
困惑する徹に霧斗は一度蓮と話がしたいと言った。
「徹さんの心配は最もだと思いますが、蓮くん自身がどこまで理解しているのか確認しなければ話になりません。一度蓮くんも交えて話をしたいのですが」
「わかりました。あの子自身、自分の母親が人間でないことは知っています。今日のことをあの子に話して、またここに連れてきてもいいですか?」
徹の言葉に霧斗はにこりと笑ってうなずいた。
「かまいません。都合がいい日が決まったらまたスマホに連絡をください」
霧斗の言葉にうなずいて、徹は何度も礼を言いながらその日は帰っていった。
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