開かずの箱と夢・第3話
川瀬の許可を得て、若宮は川瀬の手に触れた。強く握るなどではなく、テーブルにおかれた手に自分の手を重ねるだけ。そうして触れた若宮は意識を集中して川瀬の意識に同調させた。
「…見えました。暗闇の道」
目を閉じた若宮の口から川瀬の夢の内容が語られる。霧斗は聞き逃さないようにメモをとりながら、若宮の様子を注意深く見守った。
「しばらく歩くと、足元がガチャガチャして、地面が骨だらけになりました」
「骨以外に何かありますか?」
霧斗が尋ねると若宮は小さく首を振った。
「何もありません。地面が骨で埋め尽くされているだけです。そのまま歩いていると、ああ、見えました。日本家屋です」
「川瀬さん、いつも日本家屋の前で目が覚めるんでしたよね?」
「そうです。日本家屋の前で目が覚めます」
霧斗の問いかけに川瀬がうなずく。だが、若宮の口から驚くべき言葉が飛び出した。
「門が開いてます。中に入ったことはありませんか?」
「え?門が開いているのは見たことがありません。中に入ったことも」
驚いた様子の川瀬に霧斗が険しい表情をする。川瀬が覚えていないだけか、若宮が誘い込まれている可能性がある。霧斗は若宮に戻ってくるように言った。
「若宮さん。そこまでで大丈夫です。戻ってきてください」
霧斗の言葉で若宮が目を開く。川瀬の手を離した若宮はふうっと息を吐くと椅子にもたれた。
「大丈夫ですか?」
「ええ、少し疲れただけです」
苦笑した若宮の顔は少し青ざめて見えた。
「横になって休みますか?」
「いえ、大丈夫です。それより、門の中に何かいたのが見えたんです」
若宮の言葉に霧斗は表情を引き締めた。
「何がいましたか?」
「何かまでは。ただ、赤い目がじっと見つめていました。あれは、川瀬さんが門の中に入ってくるかどうか見ているんだと思います」
「そんな…」
川瀬が青ざめて口元を押さえる。霧斗は猶予はないだろうと思うと川瀬に自宅を見せてほしいと言った。
「たぶん、何か夢を見るようになったきっかけがあると思うんです。ご自宅を見せてもらうことはできませんか?」
「自宅、ですか。かまいませんけど」
「南くんも一緒にお願いできる?」
川瀬がチラリと南を見たのに気づいた霧斗が言うと、南はにっこり笑ってうなずいた。
「いいよ!今日バイトは夜だけだから」
「俺も後学のためにご一緒させてください。何か役に立てるかもしれないし」
若宮の申し出にうなずいて霧斗は早いほうがいいと立ち上がった。
カフェを出た霧斗たちは川瀬の案内で川瀬が住むアパートに向かった。そこは駅から程近い場所に立つ真新しいアパートだった。
「へえ、いいとこ住んでんな」
「女の独り暮らしは心配だからって、親が選んだアパートなの」
家賃を削るために古いアパートに住んでいる南の感想に川瀬は苦笑しながらうなずいた。
「家賃も半分は親が出してくれてるんだけど、もう半分と学費は私持ちなんだ」
「まあ、女性の独り暮らしは用心するにこしたことはないですからね」
霧斗は言いながらアパートの周りを見た。そして、もしかして立地に問題があるかもしれないと思った。
「部屋はどこですか?」
「2階の角です」
そう言って川瀬が階段を上がる。川瀬の部屋は2階の一番奥の部屋だった。
「ここです」
鍵を開けて玄関を開ける。そこは1DKになっていた。
「へえ、綺麗にしてんじゃん」
部屋に入った南がきょろきょろしながら言う。川瀬はそれに苦笑しながら霧斗を見た。
「あの、どうでしょうか?」
「ここに引っ越したのは最近ですか?」
「そうです。前に住んでいたアパートが老朽化で改築することになって、引っ越したのは先月です」
「先月。お祖母さんからあの箱をもらったのはそのあとですか?」
霧斗の質問にうなずきながら川瀬は不安そうな顔をした。
「あの、もしかしてこの場所に何かありますか?」
「そう言うということは、何か心当たりがあるんですか?」
川瀬の問いに霧斗の表情が険しくなる。川瀬は躊躇いながら話し始めた。
「ここに住むって言ったとき、友達にここはいわく付きだって言われて。祖母ももう少し駅に近いほうがいいんじゃないかって言ってたんですけど、両親がここを気にいったのと、家賃のこともあってここに決めたんです。この箱をもらったのは引っ越しが終わったことを伝えにいったときなんです」
「そうですか。ちなみに、ご友人はどんないわくがあると?」
「えっと、昔ここには林で、あの世とこの世の境界があったとか」
霧斗はそれを聞くと納得したようにうなずいた。
「人の噂はあてにならないものですが、ごく稀に当たっていることもあります」
「え、じゃあ、ここが?」
「はい。夢の原因はこの場所です。アパート、というよりこの部屋の場所ですね」
「でも霧斗さん、ここって2階じゃん?1階は大丈夫なの?」
南が不思議そうに尋ねると、川瀬が1階は誰も住んでいないと言った。
「ここの下は大家さんの物置になってるから、誰も住んでないの」
「ということは大家も何か知ってるか、何か感じて1階は貸していないのかもしれませんね。2階なら大丈夫と思ったかもしれないが、そういうことでもないんですよ」
霧斗は苦笑すると水回りや寝室の場所を改めて確認した。
「ここはあの世とこの世の境というより、異界との境なんです」
「異界?」
「異界は人ではないものの住み処です。妖怪とか鬼とか。境といっても誰でも彼でも行き来できるというわけではないんです。たぶん、波長が合うか何かで夢の中でその日本家屋と繋がってしまったんだと思います。あちらからしたら、急にあなたがやってきて驚いて警戒した、といったところでしょうか」
「妖怪からしたらこっちが不法侵入者みたいになってるってこと?」
南の問いに霧斗が苦笑しながらうなずいた。
「そうだね。まだ門をくぐっていないから手を出してこないんだろうけど、門をくぐったらたぶん喰われる」
「で、でも、夢の中では立ち止まれないんです。どうしたらいいですか?また引っ越し?」
喰われるという言葉に川瀬が泣きそうな声で言う。霧斗は引っ越さなくてもやり方はあると言った。
「結界を張ってしまえばもう異界と繋がることはないと思います。あちらから呼んでいた、とかなら話は別ですが。若宮さん、何か見えますか?」
霧斗が尋ねると若宮は首を振った。
「何も見えません。なんだかゾクゾクするけど、異界との境と言われても俺にはわからないです」
自分と霧斗の力の差に項垂れながら若宮が言う。霧斗は苦笑すると寝室のちょうどベッドがある位置を指差した。
「ちょうどあそこが異界との境の壁が薄いんですよ。異界とこちらは本来見えない壁に遮られていて、俺や若宮さんみたいな人間でないと故意に行き来はできないんです。でも、たまに自然に壁が薄いところができてしまって、そういう場所は普通の人でも迷いこんでしまうことがあります。神隠し、とかがそうですね」
「ベッドの位置、すぐに変えます」
青ざめる川瀬に霧斗は「それがいいでしょうね」とうなずいた。
「少しあちらと話してみるか。川瀬さん、南くん。俺がいいと言うまで、絶対口を開かないで、声を出さないように」
ふたりがうなずくのを見て、霧斗は柏手をうち、呪を唱えた。
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