開かずの箱と夢・第4話
霧斗が呪を唱えると、周りの風景がゆらゆらとまるで蜃気楼のように揺らぐ。そして、濃い霧が立ち込めたかと思うと、アパートの部屋の中にいたはずの5人は大きな日本家屋の前に立っていた。
「川瀬さん、声は出さずに。あなたが夢で見たのはここですか?」
霧斗の問いかけに川瀬がこくこくとうなずく。すると、閉じられていた門がギギギッっと音をたててひとりでに開いた。
「…何奴か?」
「お騒がせして申し訳ない。毎夜ここに迷い込んでいた人の頼みで参ったものです」
「ほう、あの娘に頼まれたか。それで?どうするつもりか?」
門の奥の闇から聞こえる声は男のものだった。悪意は感じないと思いつつ、霧斗は警戒したまま頭を下げた。
「知らぬこととはいえ、毎夜騒がせてしまったことをお詫びします。結界を張り、もうこちらとあちらが繋がらぬようにしますので、どうかお許しを」
「ふむ。もう迷い込むことはないか」
そう言って、声の主が姿をあらわす。門の向こうにいたのは2本の角が生えた異形の鬼だった。顔立ちはとても美しいのに、頭の角と口から覗く鋭い牙が男が人間ではないことを物語っていた。
「その娘、強い守護働いていてな。その娘がくるたび場が揺らいで騒がしかった」
「さようでしたか。本人は何も知らぬこととはいえ、申し訳ありませんでした」
「かまわん。久しぶりに人間を見たのでな。門をくぐったら喰ってやろうかとも思ったが、喰いっぱぐれたようだ」
鬼の男は楽しげに笑いながら言うと霧斗を見つめて目を細めた。
「今の世にもそなたほどの陰陽師がいるのだな。そなたの影にいる式神に覚えがある」
「私などより力ある陰陽師は多数おります。この式神はたまたま私が封を解いたにすぎません」
霧斗がそう言うと鬼の男は声をあげて笑った。
「面白い奴だ。そなたと、そなたの式神に免じて此度は見逃そう。しっかりと結界を張るがいい」
「ありがとうございます」
霧斗が深く頭を下げると再び濃い霧が立ち込める。次に霧が晴れると、そこは元のアパートの寝室だった。
「もう声を出して大丈夫ですよ」
霧斗が声をかけると川瀬と南が一気に息を吐いへたり込む。若宮も冷や汗を流して座り込んだ。
「大丈夫ですか?」
「小峯さんはやっぱりすごい人なんですね。俺、あんな強い鬼初めて見ました」
「まあ、力ある妖がこちらにいることは稀ですから」
霧斗は苦笑するとポケットから札を出して部屋の四隅や水回り、天井や床に張り付けた。そして短い呪を唱えて柏手をうつ。すると、部屋の空気がすうっと軽くなったような気がした。
「これでいいと思います。もう夢は見ないと思いますよ」
「ありがとうございます」
安心したように頭を下げる川瀬に霧斗は首を振った。
「お祖母さんの箱があなたを守ってくれたんですよ。その箱の守護がなければ、あなたはとっくにあの鬼か、他の妖に喰われていたと思います。きっと、その箱をおばあさんにあげた人は強い力を持った陰陽師だったんでしょうね」
霧斗がそう言って微笑むと、川瀬はバックから箱を取り出して見つめ、大切そうに抱き締めた。
「一応確認のため、数日の間は夢を見なかったか教えてください。それで大丈夫そうならこの依頼は完了です」
「わかりました。本当にありがとうございました」
「よっしゃ!問題も解決したし何か食いに行こうぜ?霧斗さんたちもどう?」
元気になって立ち上がった南の言葉に霧斗はクスクス笑って首を振った。
「俺たちは遠慮するよ。ふたりで美味しいもの食べてきて」
「…ありがと」
クスクス笑う霧斗に南は照れ臭そうな顔をしながら呟くように礼を言った。
霧斗と若宮は川瀬のアパートを出るとカフェ猫足に戻った。
「おかえりなさい」
カフェの中に入ると晴樹が声をかけてくる。店内には客はいなかった。
「ただいまです。晴樹さん、ブレンドティーお願いします」
「了解よ」
霧斗の言葉にうなずいて晴樹が厨房に入っていく。霧斗と若宮は奥のテーブルに向かい合って座った。
「今回はありがとうございました。助かりました」
「いえ、最初に助けてもらったのは俺のほうなので。仕事も見学させていただいてありがとうございました。自分がいかに未熟か思い知りました」
しょんぼりした様子で言う若宮に霧斗は苦笑した。
「駆け出しの頃はみんな未熟ですよ。でも、この業界で生きていこうと思うなら、師を持つのがいいと思います」
「はい、そうは思ったんですけど、俺にはそういう伝がなくて」
「俺でよければ紹介しましょうか?今は現役を退いていますけど、元は優秀な術師です」
「いいんですか!?」
霧斗の言葉に若宮が食いつく。霧斗はクスクス笑いながら名刺を差し出した。その名刺には高藤の名が書かれていた。
「俺からの紹介だと言えば面倒みてくれると思います。あなたは術師としては未熟だが、その目はとても稀有なものです。長生きしてくださいね」
そう言って微笑む霧斗に何度も礼を言って若宮は帰っていった。
「お疲れさま」
若宮が帰ったあと、晴樹がブレンドティーを持ってやってきた。霧斗は苦笑すると爽やかな香りのするブレンドティーを飲んでホッと息を吐いた。
「彼に紹介したのって、高藤さん?」
「そうです。いつもやられっぱなしだから、たまにはいいかなって。それに、弟子がいればボケ防止にもなりそうだし」
冗談とも本気ともとれない霧斗の言葉に晴樹は思わず吹き出した笑った。
それから数日後、あれから夢を見なくなったとの川瀬からの報告を受けて依頼は完了した。
契約どおり高梨に依頼内容を伝える電話をすると、どうやら高藤が久しぶりに弟子をとったらしいとの噂があると言われ、霧斗は電話口で「よかったですね」と笑ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます