開かずの箱と夢・第1話

 しとしとと雨が降る肌寒い日。そういう日は客も少ない。

 昼過ぎという時間もあって客足が途絶えた晴樹と霧斗がカウンターでのんびりしていると、カランと音をたててドアが開いた。

「いらっしゃいませ」

ふたりが声をかけると、店に入ってきたのは常連の南と、初めて見る顔の女性だった。

「こんにちは。今日は霧斗さんに相談なんだけど、いい?」

「俺?いいよ。晴樹さん、奥のテーブル席借ります」

「どうぞ。今日はこの天気でお客様も少ないし、ゆっくりしていって」

にっこり笑って晴樹が厨房に入る。霧斗は南と女性を奥のテーブルに案内した。

「それで、俺に相談って?」

「南くん、本当に大丈夫?」

霧斗の前に座った女性が不安そうな顔で南の脇を小突く。南が「大丈夫だから!」とうなずくと、女性は渋々といった様子で霧斗に向き合った。

「あの、私、川瀬真帆っていいます。南くんとは大学の友達です」

「俺は小峯霧斗です。俺の職業は南くんから聞いてるんですか?」

霧斗が尋ねると川瀬はこくんとうなずいた。

「こいつ、最近元気ないから何かあったのかっって聞いたら、ちょっと霧斗さんの専門っぽい感じのことで悩んでたから連れてきた」

南がそう言って笑うと、ちょうど厨房から出てきた晴樹がコーヒーとケーキを3人の前においた。

「よかったらどうぞ」

「ありがとうございます!」

南が元気に礼を言ってケーキを食べ始める。川瀬はその様子に目を丸くすると、コーヒーを一口飲んだ。

「きりちゃんは秘密は守るわ。あたしもね。話すだけでも楽になるかもしれないわよ?」

晴樹がそう言ってウィンクして厨房に戻っていく。川瀬はコーヒーを飲んで少し落ち着いたのか、小さな箱をバックから出してテーブルにおいた。

「実は、これのことで南くんに相談したんです」

「これは、宝石箱か何かですか?」

テーブルにおかれた小さな箱は木製で凝った彫り物がしてある質のようさそうなものだった。一見普通の箱だが、霧斗の目にはその中に何か強い力のあるものが入っているのが見えた。

「これ、先日祖母からもらったんです。でも開かなくて」

「開かない?触ってもいいですか?」

川瀬がうなずくのを見てから霧斗が箱を持ち上げる。中に入っているものが動くのか、持ち上げるとカラカラと音がした。

「何が入っているかお祖母さんに聞かなかったんですか?」

「大事なものが入っているとしか。お守りになるからと。でも、この箱をもらってから変な夢を見るようになって…」

そう言ってうつむく川瀬は睡眠不足なのか目の下にクマができていた。

「確かに、この中に入っているものは何か強い力を持っているようです。ただ、悪いもののようには感じません。が、俺の目では何が入っているのかわからない。変な夢の内容を聞いてもいいですか?」

霧斗が尋ねると川瀬はうなずいてポツポツ話し出した。

「最初はどこかを歩いている夢だったんです。ひとりでただ歩いている。周りは真っ暗だったのに、最近は周りが見えてきて、私、骸骨の上を歩いてるんです」

「その夢、終わりはどんな感じですか?」

「最初は歩いてる途中で目が覚めたんです。でも、最近は大きな日本家屋の前で立ち止まって目が覚めます」

「骸骨の道に日本家屋。その日本家屋に心当たりは?」

霧斗の問いに川瀬は首を振った。

「その箱をもらってからだったから気味が悪くて、祖母に返そうとしたんです。でも、それはお前にあげたものだから、いらないのなら捨てていいって言われて」

「捨ててみたんですか?」

「いいえ。気味が悪くて、捨てたら呪われるんじゃないかと思って、思いきれなくて…」

「霧斗さん、なんとかなんない?こいつ、夢見てるってことは寝てるはずなのに、日に日にクマがひどくなるんだ」

ケーキを食べていた南がそう言ってうつむいてしまった川瀬の頭を優しく撫でる。その様子に少し驚きながら霧斗は小さく微笑んだ。

「やれるだけやってみましょう。とりあえず、これの中身がなんなのか知りたいな。見たところ鍵もなさそうだけど」

「どうして開かないのか、私にもわからなくて。接着剤か何かでくっつけてあるんでしょうか?」

川瀬の言葉に霧斗は首をかしげた。見た感じ、接着剤で止まっているというよりは、術を使って封じているといった印象のほうが強かった。

「できればこれは壊したくありません。さっきも言いましたが、これからは悪い印象を受けない。どちらかと言うと、お祖母さんが言うように守りの力があるように感じます」

「じゃあ、夢はこれとは無関係、ということですか?」

「それはどうでしょう。もう少し詳しく調べてみないとわかりません」

そう言いながら霧斗は箱を回して詳しく見つめた。だが、霧斗の目ではどうしても中身を見ることができなかった。どうしたものかと考えているとき、ふと先日青桐が助けたという男のことを思い出した。青桐はその男を目がいいと言っていた。青桐を縛る霧斗の鎖が見えたのなら、この箱の中身も見えるかもしれないと思った。

「俺の目では中身が何かわりません。ひとり、心当たりがあるので、その人に見てもらってもかまいませんか?」

「はい、お願いします。あ、でも、これお仕事の依頼になりますよね?料金って、どれくらいかかりますか?」

「南くんの紹介なのでそんなに高くはしませんよ」

「こいつもアルバイトで学費稼いでる苦学生だから、安くしてもらえると助かります!」

南の言葉に思わず笑いながら霧斗は自分の名刺を取り出して裏に一応の料金を書いた。

「この箱の中身の確認と夢との関係を調べるだけならこれくらいで。何か対処しなきゃならなくなったら要相談になります」

「わかりました。これくらいなら払えます」

金額を見た川瀬が安心したようにうなずく。そして改めて霧斗に頭を下げた。

「この箱と夢について助けてください」

「承りました。できる限りのことをします」

にこりと笑った霧斗は早速簡単な書面で契約を交わした。

「霧斗さん、契約書なんてあるんだね」

「まあね。あとで揉めないために契約書は大事だよ。あと、俺の仕事のサポートを頼んでいる人に依頼内容を伝えることをご了承ください。あくまで依頼内容だけを伝えるので個人情報は渡しませんから」

「わかりました」

高梨に依頼内容を伝える許可ももらい、契約書にサインももらった霧斗は早速青桐から渡された名刺を取り出し、若宮に連絡をとった。

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