泣き続ける赤ん坊・第3話

 人形を祭壇の前においた霧斗はふうっと息を吐くと柏手を打った。パンッ!という乾いた音が無機質な部屋に響き、空気を震わせる。何度か柏手を打った霧斗が祝詞を唱え始めると、霊安室の奥、骨壺がおかれている部屋の空気が変わった。それまで禍々しいばかりで淀んでいたものが揺らぎ、祭壇の前の人形に集まってくる。それはまるで吸い込まれるように人形の中に入っていった。

 百瀬は禍々しい気配が薄れ、魂たちが人形に入っていくのを見た。いつ何があっても動けるように常に警戒しながら眺めていると、ふいに人形が動いたような気がした。

「ふえ……ほぎゃあ…ほぎゃあ…」

突然、人形が本物の赤ん坊のように動いて泣き声をあげる。赤ん坊はポロポロと涙を流しながら弱々しく泣き始めたのだ。

「百瀬さん、抱いてあげてください」

霧斗の声で百瀬は祭壇に歩み寄った。

 祭壇で泣いているのは本物の赤ん坊だった。触れてみると温かい。もぞもぞと動いて泣く赤ん坊をそっと抱き上げた百瀬はそのまま優しく胸に抱き締めた。

「よしよし。寂しかったわね。もう大丈夫よ」

泣き続ける赤ん坊に優しく語りかけてあやす。優しく揺らしながらポンポンとリズムをとってお尻のあたりを優しく叩く。それでも赤ん坊は泣き続けた。

「泣き止まないわね」

「赤ん坊は泣くのが仕事ですからね。特にその子たちは、泣きたくても泣けなかった子たちです」

霧斗はそう言うと百瀬にゆっくり近づいた。その手には水晶でできた小刀が握られていた。

「それで刺すの?なんだか可哀想ね」

「痛みはないはずですよ。まあ、可哀想なのはわかりますけどね」

百瀬の言葉に苦笑して霧斗がうなずく。霧斗が赤ん坊を覗き込むと、赤ん坊は百瀬の服をしっかり握りしめて泣いていた。

「本当は母親に抱いてほしかったでしょうね」

「そうですね。でも、百瀬さんが抱いてくれて嬉しそうですよ」

「あらそう?」

苦笑する百瀬にうなずいて霧斗が水晶の小刀を振り上げる。そして、勢いよく赤ん坊に振り下ろした。

 小刀が赤ん坊に触れた瞬間、パンッと弾ける音と共に目映い光が霊安室を包む。咄嗟に目を閉じた百瀬が再び目を開けると、腕の中の赤ん坊は人形に戻っていた。

「終わったの?」

「そうですね。赤ん坊は地蔵菩薩様が連れていってくれましたよ」

霧斗はそう言うと骨壺が納められた奥の部屋に目を向けた。

「青桐、残りは食っていい」

「承知」

霧斗の声に反応して青桐が飛ぶ。少しして、骨壺を納めた部屋からまるで獣の咆哮のような叫び声が聞こえた。

「恐らく、あそこに集まった淀みが大きくなりすぎて、子どもたちの魂を集めたんでしょう。そして、子どもたちの魂を隠れ蓑にして術師たちを襲った」

「子どもたちの魂も無事に送ったし、淀みも消えた。これで依頼は完了かしら?」

「そうですね。あとは場を浄化して帰りましょう」

霧斗の言葉にうなずいて霊安室と奥の部屋を手分けして浄化する。淀みもなくなり綺麗になった空間は息がしやすかった。

「これで終わりね。じゃあ帰りましょうか」

うなずいた霧斗が小さくため息をつく。百瀬は霧斗の表情に苦笑すると肩を叩いた。

「あれをどうするのか、私たちには口出しできないわ。でも、少し脅すくらいはできるでしょ」

「脅す?」

「とりあえず報告は明日でしょう?今日はもう帰って寝ましょ?」

不思議そうな顔をする霧斗に百瀬が笑う。霧斗はうなずくと時計を見た。

「百瀬さんは家近いんですか?」

「そこそこね。まあタクシーで帰るわ。あなたは?」

「俺は同居人がいるんで、仕事中は近くにホテルをとってます」

「そうなの?羨ましいわ」

ふたりで他愛もない話をしながら車通りのある場所まで歩く。百瀬の腕にはさっき依り代に使った人形があった。

「百瀬さん、その人形はどうするんですか?」

「これ?こっちで供養するわ。供養した後、遊んでくれる子どもがいる場所にでも寄付すれば、この人形も寂しくないでしょ」

「そうですね。じゃあお願いします」

人形を寺に持っていこうかと思っていた霧斗だったが、確かに遊んでくれる子どものそばにあったほうが人形も幸せだろうと思い、人形の処遇については百瀬に任せた。

「じゃあ、高梨さんには俺から連絡しておきます。明日の午前10時に病院の前で」

「了解よ。お疲れさま」

うなずいた百瀬は通りかかったタクシーを拾うと手を振って帰っていった。霧斗はそれを見送ると泊まっているホテルに帰った。


 霧斗が泊まっているホテルはビジネスホテルだった。部屋に戻って上着を脱いだ霧斗はスマホを出すと高梨に電話をかけた。時間は午前3時をまわっている。出なければ朝にかけなおそうと思っていたが、高梨は3コール目で電話に出た。

「もしもし、お疲れさまです」

「お疲れさまです。こんな時間にすみません」

「いえ、時間についてはお気遣いなく。仕事のほうはいかがですか?」

寝起きとは思えない声に、もしかして起きて連絡を待っていたのかもしれないと思った霧斗は手短に仕事内容の詳細を話した。

「とりあえず今回の依頼は完了です。ただ、あの状態で放置すれば、いずれまた淀みが溜まり、今回と同じようなことがおこります。それについては明日依頼の完了報告と一緒に先方に話すつもりです」

「わかりました。それでかまいません。依頼を受けていただきありがとうございました。先方には私のほうからも確認の電話を入れます。問題がなければ予定どおり依頼料を振り込みますので」

「よろしくお願いします」

そう言って霧斗は電話を切った。ふうっと息を吐いてベッドに仰向けに倒れ込む。今回の仕事は後味の悪いものだった。せめて、あの子どもの魂たちが次の世で幸せになればいい。そう思いながら目を閉じた霧斗はいつの間にか眠りに落ちていた。

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