泣き続ける赤ん坊・第1話

 約束の日、予定の時間少し前に霧斗と百瀬は病院の前で落ち合った。

「今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ」

互いに挨拶をして病院に入る。受付で院長に会う約束をしていると告げると、受付の事務員はあからさまに怪訝そうな顔をした。それでも特に詮索されることはなく病院の中に通され、ふたりは院長室のドアをノックした。

「失礼します」

「ああ、いらっしゃい。今回はあなた方ですか」

院長は神経質そうな中年の細身の男性だった。ふたりを見た院長が値踏みするように目を細める。その視線を特に気にするでもなく、霧斗は名前だけが書かれた名刺を差し出した。

「小峯霧斗です」

「今回補佐をさせていただく百瀬夏樹です」

霧斗に続いて百瀬も名刺を渡す。それを見た院長は訝しげに首をかしげた。

「依頼は護星会にしていたはずですが、あなたは護星会ではないのですか?」

「俺はフリーで仕事をしています。護星会のほうにもお世話になっています」

「なるほど?あなたのほうが腕がいい。そういうことでしょうか?」

明らかに棘がある言い方だったが、霧斗も百瀬も特に表情を変えることはなかった。今まで失敗していたのは護星会のほうだ。依頼人の信頼を失っていてもおかしくはない。

「少なくとも、今回の依頼については俺のほうが適任と判断されたようです。最善は尽くします」

「最善を尽くす、それだけでは困るのですよ。そろそろ依頼を完了してもらわないと。部外者を出入りさせておくと病院内の人間たちが不審を抱きます」

「わかりました。できるだけ早く片付けます。つきましては、先に確認しておきたいことがいくつかあのるですが」

霧斗の言葉に院長は小さくため息をつくと、「どうぞ」とふたりにソファを勧めた。

 ソファに座った霧斗はスマホを出すと、高梨に見せられたネット掲示板を見せた。

「これに書かれている噂話は本当でしょうか?」

「どれも噂にすぎないでしょう。これが関係あるのですか?」

「あるから聞いています」

スマホを一瞥して呆れたように言う院長に霧斗が真剣な表情でうなずいた。

「正直、違法なことをしていようが俺には関係ないです。ただ、中絶手術をした後、きちんと弔いをしたかが問題なんです」

「弔い?」

「ある程度成長した胎児は例え死産でも火葬が必要になることはもちろんご存知ですよね?火葬してきちんと弔うことは大切です。もし違法な中絶がされていた場合、きちんと火葬するなりして弔い、供養がされていたのか、そこを確認したいのですが、その様子では特に何もしていなかったみたいですね」

霧斗から説明を引き継いだ百瀬は院長の顔色を見てため息をついた。予想どおり、弔いも供養もしていなかったらしい。

「違法に中絶した胎児をどうしましたか?」

「それは…」

「俺たちは警察ではないから、あなたを罰したり責めたりはしませんよ。理由はどうあれ、あなたに救われたという人もいるんだろうし。ただ、亡骸がまだ残っているのなら、きちんと供養しないといけません」

霧斗の言葉に院長はしばらく考え込み、小さくうなずいて立ち上がった。

「こちらにどうぞ」

そう言って部屋を出る院長に霧斗と百瀬が続く。院長が向かったのは例の霊安室だった。

「ここは、霊安室?」

「そうです」

霊安室の中には小さな祭壇がおかれている。そして、さらに奥に行く扉があった。

「今まであの扉を気にした術師はいなかったんですか?」

「あそこには触れないように言っていたので」

院長の言葉に霧斗が内心舌打ちする。扉からは禍々しい気配が漂っていた。

「たぶん、最初はこれほどではなかったのよ。術師たちの精気を吸ってこれだけ大きくなった」

百瀬の言葉に霧斗は舌打ちした。今までは気づけなかったかもしれないが、今なら誰でも感じることができるだろうほどだった。

 院長が扉を開けると、そこには小さな骨壺が並んでいた。

「一応火葬はしたのね」

「これ、どうするつもりだったんですか?」

「砕いて灰にして海に流していました」

霧斗の問いに院長が苦虫を噛み潰したような表情で答える。霧斗はうなずくと柏手を打ち、骨壺に向けて一礼した。

「できれば、今回のことが片付いた後に寺で供養してもらってください。お地蔵さまとかをおいて供養するのもいいと思いますよ」

「善処します」

淡々とした霧斗の言葉に院長が答える。霧斗はうなずくとゆっくり息を吐いた。

「百瀬さん、夜にもう一度ここにくる、でいいですか?」

「ええ、かまわないわ」

百瀬の返事にうなずいて霧斗は霊安室を出た。

 そのまま3人で院長室に戻る。戻った霧斗は時計を見ると0時にまた霊安室に行くことを院長に伝えた。

「色々準備がありますから、一旦帰ってまた0時にきます。できればあなたにも同席してほしいのですが、どうでしょうか?」

「は?私も?」

同席を求められた院長は驚きを隠せない様子だ。百瀬は何も言わずにふたりのやり取りを見つめた。

「無理にとは言いませんが、霊安室の怪異の原因はあなただ。見届けるのも責任のうちだと思いますが?」

「すまないが、今夜は外せない用事があります」

「…そうですか。残念です。では、0時に百瀬さんと霊安室に入らせてもらいます」

それ以上同席を求めてこない霧斗に院長はホッとした表情を浮かべながらうなずいた。

「わかりました。警備員のほうには話しておきます。夜は裏口から入ってください」

「わかりました。では、俺たちは一旦失礼します」

霧斗がそう言って立ち上がる。百瀬も霧斗に続いて立ち上がるとそのまま共に院長室をあとにし、病院を出た。

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