高藤・第2話
バイトが終わったあと、霧斗は高藤に言われたバーに来た。隠れ家的な店らしく、晴樹のカフェ同様看板らしい看板はない。そっとドアを開けて中に入ると、入り口に黒服の男が立っていた。
「ここは会員制のバーとなっております。どなたかのご紹介でしょうか?」
「…高藤さんから言われてきました」
そう言って霧斗が高藤から渡された名刺を見せると、黒服は頭を下げて「どうぞ」と中に通した。
店内は薄暗く、ボックス席とカウンター席があった。
「高藤さまからのご紹介の方ですね?」
フロアに入ってすぐ、燕尾服の中年の男性が声をかけてくる。霧斗がうなずくと、男性は「こちらにどうぞ」と霧斗を案内してくれた。
霧斗が案内されたのはボックス席でもカウンターでもなく奥の個室だった。VIPルームなのか、似たような扉がいくつかあった。
「やあ、来たね」
燕尾服の男性がノックしてからドアを開けると、中では高藤が酒を飲みながらひとりで寛いでいた。
「何か飲むかね?」
「いえ、仕事の話なら酒はいりません」
霧斗が酒を断ると、高藤は燕尾服の男を下がらせた。
「ここ、高藤さんの行き着けですか?」
「ああ。秘密の話をするにはもってこいの場所だろ?」
「なんか、悪い組織の親玉みたい」
昼間のお洒落なスーツとは違い、高藤は今黒いスーツを着ていた。髪も後ろに撫で付けている。一見すると危ない職業の人に見えなくもなかった。
「悪い組織の親玉か!それはいい!」
霧斗の言葉に高藤が楽しそうに笑う。霧斗は呆れたようにため息をつくと革張りのソファに座った。
「それで、仕事の話は?」
「ああ、もう少し待ってくれ。私はこれでも組織を引退した身だからね。正式に依頼となると組織の者から聞いたほうがいい」
高藤はそう言うと霧斗の向かいのソファに座ってワインをゆっくり飲んだ。
特に会話があるわけでもなく無言の時間がすぎていく。そうして数分経ったとき、ドアがノックされてさっきの燕尾服の男性が入ってきた。
「失礼します。高藤さま、お連れさがまいらっしゃました」
「ああ、ありがとう」
燕尾服の男性と入れ違いで入ってきたのはスーツを来た中年のメガネをかけた男性だった。どこか神経質そうな男性は霧斗を一瞥すると高藤に頭を下げた。
「高藤さま、この度はお手を煩わせて申し訳ありません」
「かまわんよ。彼が霧斗だ。短期間だが護星会に所属していたこともある。腕は私が補償するよ」
「しかし、ずいぶんと若いようですが」
男性の声には明らかに不審の色があった。それを感じた霧斗はため息をつくとソファから立ち上がった。
「高藤さん、あなたの紹介ですけど、依頼人にその気がないのに仕事を受けることはできません。失礼します」
そう言って霧斗が部屋を出ようとする。高藤も特に止めはしなかったが、ただため息をついて男性に視線を向けた。
「失礼しました。この業界では実力が全て。お話を聞いていただければと思います」
高藤の視線を受けて男が霧斗に頭を下げる。高藤は肩をすくめて苦笑しており、霧斗はため息をつくとソファに座った。
「依頼を受けるかどうかは話を聞いてからです。護星会で失敗した依頼ですからね。俺に無理だと思ったら断ります」
「それでかまいません」
男性はうなずくといくつかの資料を差し出して話し始めた。
最初の依頼はただの場の浄化だった。場所は病院。病院という場所はどうしても死がつきまとうため、色々なものが集まりやすく、そういったものが集まって澱みとなりやすかった。澱みがひどくなるとどうしても雰囲気が悪くなったり、敏感な人は頭痛や体調不良を感じたりもする。だから定期的にお祓いを依頼してくる病院も少なくはなかった。
この病院は比較的新しくできた病院で、今回が初めての依頼だった。場所が広いので数人の術師が派遣されて手分けして場の浄化を行った。終わったら受け付けの前に集まることにして。だが、ひとりだけ戻らなかった。その術師が受け持ったのは地下の階。霊安室がある階だった。
他の術師たちが向かうと、霊安室で倒れている術師を見つけた。駆けつけるとどうやら意識を失ってはいるが無事らしい。ホッとしたのも束の間、他の術師たちもバタバタとその場に倒れてしまったのだ。
「朝方、警備員に発見されて診察を受けましたが、全員衰弱が激しかったものの他に異常はみられませんでした。その後、数回術師を派遣しましたが、同じ結果となっています」
「それ、まずくないですか?」
霧斗が険しい表情で尋ねると、男性は「まずいです」とうなずいた。
「どういうものがいるのかはわかりませんが、恐らく術師の精気を吸いとったのでしょう。つまり、それだけ力を与えてしまったということになります」
「今まで送った術師では正体も掴めなくてね。どうだろう?受けてくれないか?」
高藤に言われて霧斗はため息をついた。
「俺が行ったところで同じかもしれませんよ?それでも良ければ行きましょう」
「ありがとうございます。これが前金と成功報酬になります」
男性から示された小切手を見て霧斗は首を振った。
「前金はいりません。高藤さんにはいつもお世話になってますから。成功報酬だけでいいです」
「しかし…」
前金を断る霧斗に意外そうな顔をして男性が高藤を見る。高藤は「霧斗がそう言うならそれでいいんじゃないかい?」と笑っていた。
「資料はもらっていきます。勝手に行って大丈夫ですか?」
「いえ、行く前に私にご連絡ください。こちらの術師もひとり同行させていただきますし、先方にも連絡をいれます」
男性はそう言うと名刺を一枚差し出した。それを受け取って霧斗も名刺を渡す。男性からもらった名刺にはエージェント高梨勇と書いてあった。
「高梨さんね。じゃあ行く日が決まったら連絡します」
「よろしくお願いします」
立ち上がって頭を下げる高梨にうなずき、高藤に頭を下げて霧斗はバーを後にした。
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