高藤・第1話

 特に依頼もなく霧斗は晴樹のカフェのバイトを毎日頑張っていた。

 元々祓い屋の依頼などそう毎日入ってくるものでもないし、入ってきても困る。霧斗はフリーの祓い屋だから組織に所属している祓い屋のように仕事が斡旋されることもない。フリーの祓い屋は実はかなり収入が不安定な仕事だった。

 ではなぜ霧斗がそんな仕事をしているのか。それは組織に所属し、上から割り振られる仕事をこなすのが嫌だったからだ。

 霧斗が祓い屋を始めたのは高校を卒業してすぐの頃だった。子どもの頃から人ではないものが見えていた。子どもの頃はみんなが見えるものではないのだと知らず、親や友人に見たものをそのまま伝えていた。当然周りの人間は気味悪がる。偶然、親戚の中に神社の宮司がいて、霧斗は小学校に入る前にその宮司の伯父に預けられた。

 伯父は霧斗が見えるものが何であるのかを教えてくれた。そして、ほとんどの人間は見えないのだということを。

「お前は見えるのだから、見えない人の力になっておやり」

伯父はよくそう言って霧斗の頭を撫でた。そして妖怪や霊、邪気の祓い方を教えてくれた。高校に入った辺りから少しずつ祓い屋の依頼を受けては仕事をしていた。

 最初はささいなことだった。クラスメイトに憑いていた死霊を祓ったのだ。そこから変な噂もたったが、変なことで困っているクラスメイトや上級生から相談されることがたびたびあった。効果があるとわかるとさらに噂は広がる。いつしか霧斗は妖怪退治ができるという話ができあがっていた。霧斗自身も特に否定しなかったことから噂はずっとついてまわった。胡散臭いと言われながらも相談にくる人はおり、結果霧斗はこれを仕事にしようと決めてしまった。

 伯父は最初は反対していたが、伯父が言ったようにたくさんの人を助けられると言うと何も言わなくなった。その代わりにひとりの老人を紹介してくれた。それが高藤だった。

 高校卒業後、高藤の勧めで護星会に入ったが、組織に属するということが肌に合わず辞めてしまった。そこからフリーで活動を始めたが、それでも高藤は霧斗に声をかけては霧斗が万が一失敗したときのアフターフォローを護星会でやると申し出てくれた。

 本当なら感謝してもしたりないほどの恩人なのだが、高藤が時々霧斗の知らないことろで名刺を配っており、その名刺経由で依頼がくることがあるため食えない爺さんという印象が拭えなかった。


 依頼もなくカフェでバイトをしていたある日の午後、カランと乾いた音と共に店のドアを開けたのは高藤だった。

「いらっしゃいませ」

高藤を見てつい少しだけ険しい表情になってしまうのはもう癖のようなものだった。高藤は気にしたふうもなく笑うとカウンター席に座った。齢90だというのに腰も曲がらず洒落たスーツを着こなしているさまはまさに老紳士といった様子だった。

「あら、高藤さん、いらっしゃいませ」

「やあ、晴樹くん。元気かい?」

厨房から顔を出した晴樹が高藤を見て嬉しそうに声をかける。高藤の問いに晴樹は「おかげさまで」と笑った。

「霧斗、先日は依頼を受けてくれてありがとう。あれから無事に怪異は鎮まったとお礼の電話がきたよ」

「そうですか。よかったです」

高藤の言葉から先日の古民家旅館の依頼を思い出す。うまくやっているようだと思うと霧斗の表情も自然と和らいだ。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

「ではブレンドコーヒーを」

注文を厨房にいる晴樹に伝えると、霧斗は高藤に手招きで呼ばれた。

「何か?」

「霧斗、今依頼はきているかな?」

高藤の言葉に霧斗の目が鋭くなる。祓い屋としての仕事をするときの目だ。その目を見て高藤は笑みを深めた。

「今は依頼はきていません。何か依頼ですか?」

「ああ、実は頼みたい依頼があってね」

うなずく高藤に霧斗は首をかしげた。

「高藤さんが直接俺に依頼ですか?」

「ああ。実はこれは護星会のほうで失敗した依頼だ」

高藤の言葉に霧斗の表情が一気に険しくなる。霧斗の万が一のアフターフォローを頼んでいるのが護星会だ。護星会が失敗した依頼を霧斗に持ってくるなど今まで一度もなかった。何より護星会には所属している祓い屋や術師がたくさんいるのだ。わざわざ組織に属さない霧斗に依頼するより内部で片付けたほうが何かと都合がいいはずだった。

「その依頼、訳ありですか?」

「そのとおり。少々厄介でね。護星会のほうですでに何人かに依頼を回しているんだが、全員失敗した」

「失敗した人たちは?」

「生きてはいるが、しばらく仕事は無理だな」

それを聞いて霧斗は納得した。これ以上身内の恥をさらせないのだろう。それに、霧斗はフリーの祓い屋だ。万が一のことがあっても霧斗自身に何か補償する必要はないのだ。

「受けるかどうかは依頼内容によります」

「それでかまわないよ。じゃあ、バイトが終わったらここに来てくれ」

高藤がそう言って一枚の名刺を差し出す。そこにはバーの名前が書かれていた。

「お待たせしました。お邪魔でしたかしら?」

霧斗が名刺をポケットに入れると晴樹がコーヒーを持ってやってくる。冗談めかして言う晴樹に高藤は笑って首を振った。

「邪魔だなんてことはないよ。いただきます」

そう言ってコーヒーを飲む高藤の姿はどこにでもいる普通の老紳士に見えた。

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