カフェ猫足・第4話

 困惑した表情を浮かべたままうつむいてしまった男性を霧斗はじっと見つめた。

 一時的に祓ったおかげで黒いモヤはなくなったが、それでも男性にまとわりつく何かは残っていた。その何かが黒いモヤの元凶だった。

「…女性。髪の長い、色白の女性」

じっと見つめていた霧斗が呟くと、男性はびくりと震えて顔をあげた。

「ど、どうして…」

「黒いモヤがなくなったから、あなたにまとわりついているものが視えるようになりました。この女性、生きているようですね。生き霊があなたに憑いています。さっき言った特徴の女性に心当たりは?」

尋ねながらも男性に心当たりがあるのは明白だった。男性の表情は恐怖に青ざめ、ガタガタと震えていた。

「ど、どうしたらいいですか!?祓ってくれるんでしょう!?」

「生き霊とは生きている人の念のようなものです。相手が生きているのだから誠実に対応して解決するのが最善かと思います」

「そ、そんな…」

霧斗の言葉に男性が力なく呟く。男性はふらふらと立ち上がると無言で店を出ていってしまった。

「きりちゃん…」

「どうするかはあの人次第です。たぶん、女性に何か酷いことをしたんですよ。視たところ女関係かな。女の人は生き霊になるほど苦しんだ。あの男性が誠実に対応すれば生き霊は消えます」

「じゃあ、不誠実な対応をすれば?」

晴樹の問いに霧斗は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「生き霊にとり殺されるか、女性に殺されるか、どちらかでしょうね。生き霊は祓ったところで元を絶たねばまた同じことの繰り返しになる。あの男性が心根を入れ替えることが重要なんですよ」

霧斗の言葉に晴樹も納得するしかなかった。

「結局、1番怖いのは生きた人間ってことになっちゃうのかしらね」

誰にともなく呟かれた晴樹の言葉に霧斗は無言でうなずいた。


 数日後の朝、コーヒーを飲みながら新聞を読んでいた晴樹はニュース欄の記事に目を留めた。

「きりちゃん!これ見て!」

キッチンで食器を洗っていた霧斗が晴樹に呼ばれた新聞を覗き込む。そこには先日の男性の顔写真と、霧斗が視た女性の写真が並んで写っていた。

 記事によると、男性は長年この女性と不倫関係にあり、妻と離婚して結婚する約束をして数百万円を貢がせていたのだという。不倫が妻にバレ、男性は妻とは離婚するつもりはなかった、女性とは遊びだったと言ってこの女性を捨てた。女性は男性に貢いだ数百万の他に妻から慰謝料を請求された挙げ句、不倫がバレて会社も辞めざるを得なくなった。男性を殺して自分も死ぬつもりだったと供述しているとのことだった。

「あの人が不倫ねえ。人は見た目によらないわよね」

「そうですね。男女のもつれほど怖いものはないですよ」

霧斗はそう言うと肩をすくめてキッチンに戻った。

「きりちゃん、実はこれわかってた?」

「さあ、どうでしょうね」

疑わしそうな目を向けてくる晴樹に苦笑して曖昧な答えを返す。晴樹は「もう!」と頬を膨らませて新聞を畳むと出勤準備を始めた。

 あの男性から黒いモヤを祓ったとき、絡み付いた生き霊から嫉妬や悲しみ、怒りといった感情が流れ込んできた。そして、この男性が生き霊となった女性の他に違う女性と一緒にいる様子も頭の中に流れ込んできたのだ。そういうことはよくあることではない。それほどまでに生き霊の想いが強く絡み付いている証拠だった。だから霧斗は誠実に対応するようにと助言した。それを無視したのは男性だ。死んでしまった人に言うことではないかもしれないが、霧斗には自業自得としか思えなかった。


 食器を片付けた霧斗も出勤準備をする。財布とスマホを持つと先に準備を終えていた晴樹が玄関で待っていた。

「お待たせしました」

「そんなに待ってないわ。いつもはあたしが待たせてるしね」

にこりと笑った晴樹と一緒にアパートを出る。青い空を1羽のカラスが飛んでいた。

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