カフェ猫足・第3話
午前中にやってくる客は朝の散歩のついでに寄る高齢の常連客や大学の講義まで時間を潰すためにくる大学生の常連客が多い。そして、昼になるとサラリーマンやOLが増える。
「いらっしゃいませ」
正午を少し過ぎた頃、店に入ってきたのはサラリーマンの男性だった。初めて入ってきたらしい男性に霧斗は「お好きな席にどうぞ」と声をかけた。
「ご注文が決まりましたらお呼びください」
店内に数名の客がいるのを見てから窓際のテーブルに座った男性に水を出しながら霧斗が言うと、男性は「サンドイッチとブレンドコーヒをください」と言った。どこか急いでいる様子の男性に霧斗は首をかしげた。
「お客様、お急ぎでしたらテイクアウトもできますが?」
「あ、いえ、食べていきます」
テイクアウトを断った男性に霧斗はそれ以上何か言うことはせずに頭を下げた。
「サンドイッチとブレンドコーヒーですね。お待ちください」
霧斗はテーブルを離れるとレジの横から厨房に入った。厨房と言っても軽食が作れる程度の小さなものだ。サンドイッチなどの軽食の注文が入るとそこで晴樹が作るのだった。
「晴樹さん、サンドイッチとブレンドコーヒーお願いします」
「はあい。さっきのお客様?」
「はい。初めての人ですか?」
霧斗の問いにてきぱきと手を動かしながら晴樹はうなずいた。
「そうね。あの人は初めて見たわ。でも、具合悪くないのかしら?」
店に入ったきた男性をチラッと見た晴樹には、男性の肩にどす黒いモヤが絡んでいるように見えたのだ。
「よくはないと思いますよ。落ち着かない感じでしたし」
祓い屋である霧斗の気配に黒いモヤが反応して男性は落ち着かなかったのだ。霧斗の言葉に晴樹は「どうしましょ?」と言った。
「あれくらいはら簡単に祓えますけど、なんであんなのに絡まれてるのかが問題ですよ」
「そうよねえ。でも初めてきた人だし、今回はさりげなく祓うだけにしてもらえる?お代はあたしが出すから」
「晴樹さんから代金なんてとれませんよ」
霧斗はそう言って苦笑すると、晴樹がいれたばかりのブレンドコーヒーに手をかざした。そのまま口の中で短い呪を唱える。そうして綺麗に盛り付けられたサンドイッチとブレンドコーヒーを男性のテーブルに届けた。
「お待たせいたしました。サンドイッチとブレンドコーヒーです」
「ありがとう」
霧斗がテーブルにサンドイッチとブレンドコーヒーをおくと、男性は落ち着かない様子でコーヒーを一口飲んだ。そして固まってしまった。それをレジで見ていた霧斗は吹き出しそうになるのを後ろを向いてこらえた。
男性がコーヒーを飲んだ瞬間、肩に絡んでいた黒いモヤが消え去ったのだ。男性自身も何か感じることがあったらしく、驚いて固まってしまう。恐らく肩が軽くなったのだろう。男性は肩を揉んだり回したりしながら不思議そうに首をかしげてサンドイッチを食べ始めた。
それから数日後の午後、ちょうど客が誰もおらず、晴樹と霧斗が休憩をしていたとき、先日のサラリーマンの男性が店に入ってきた。
「いらっしゃいませ」
晴樹と霧斗が立ち上がって迎える。ふたりの目には、男性が先日綺麗に祓った黒いモヤにまた絡まれているのが見えた。
「あの、先日ここに来た者なんですが…」
「はい。先日初めていらしてくれた方ですよね。覚えていますよ」
話しかけてきた男性に店長である晴樹が笑顔で答える。男性は躊躇いがちに「あの…」と口を開いた。
「実は、ずっと調子が悪くて、肩とか頭が重かったんですが、先日ここでコーヒーを飲んだらそれが治ったんです。あまりにいきなりだったからびっくりして、でも楽になってホッとしたんですけど、また重くなってしまって。こんなこと言われても困ると思うんですけど、ここのコーヒーって何か肩凝りとかに効果があるんですか?」
「肩や頭が重くなることに何か心当たりはありますか?」
「えっと、パソコンに向かっていることが多くて、寝不足もあるんで肩凝りかと」
男性の答えに晴樹は困ったように霧斗を見た。
「あなたの不調の理由をお話しますから、窓際のテーブルにいきましょうか?」
晴樹にうなずいて霧斗が声をかける。男性は困惑しながらもうなずいて窓際のテーブルに行った。
「晴樹さん、コーヒー2つお願いします」
「わかったわ」
霧斗にうなずいて晴樹は厨房に入る。霧斗は男性の向かいに座ると自分の名刺を差し出した。
「俺、ここでバイトしながらこういう仕事もしています」
「えっと、祓い屋?祓い屋って、お祓いとか?」
「そうです。といっても神主とかとは違って、人に悪さをする妖怪や、呪いを祓ったりしています」
「妖怪、呪い…」
霧斗の言葉に男性が胡散臭そうな顔をする。一般人の反応はたいていこんなものなので、霧斗は気にせず話を進めた。
「先日あなたがここに来たとき、あなたの肩に黒いモヤが絡み付いているのが見えました。店長にも見えたそうです。先日も今も、あなたがそわそわして落ち着かないのは、祓い屋である俺がいるからです。あなたの不調を心配した店長からの依頼で、先日は勝手にモヤを祓いました」
霧斗がそう言うと、ちょうど晴樹がコーヒーを2つ持ってくる。先日それを飲んで不調がよくなった男性はコーヒーを見るとどこか安心した表情を浮かべた。
「どちらも同じコーヒーです。飲んでみてください」
霧斗に促されて男性が右側のカップを手にとり一口飲む。飲んだ男性が明らかに落胆した表情を浮かべるのを見て霧斗は苦笑した。
「じゃあ、今度はこっちを飲んでみてください」
そう言って霧斗が左側のカップに手をかざす。そして先日同様短い呪を唱えてからカップを男性に差し出した。
男性は胡散臭そうにしながらも、何も怪しいものを入れたようには見えなかったしとコーヒーを一口飲んだ。
「あれ?」
飲んだ瞬間男性が目を丸くして声をあげる。霧斗はクスッと笑うと「肩は軽くなりましたか?」と尋ねた。
「急に軽くなりました。さっきのコーヒーではなんともなかったのに。味も一緒なのにどうして?」
「さっき俺がコーヒーに手をかざしたでしょう?邪気祓いの呪をかけたんですよ。先日のコーヒーもそうです。だからこのコーヒーを飲んで楽になった。ただ、これは一時しのぎにすぎません。時間が経てばまた黒いモヤが絡み付いて肩や頭が重くなります」
「そんな…」
一時しのぎにすぎないという霧斗の言葉に男性は困惑した表情を浮かべた。
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