カフェ猫足・第2話
カランカラン。
しばらくして店のドアが開き初老の男性が入ってきた。
「いらっしゃいませ」
「おはよう。おや、今日はきりちゃんがいるんだね」
初老の男性は出迎えた霧斗ににこりと笑うとカウンター席に座った。
「今日も二番手だったか。これでも早く来ているつもりなんだけどね」
「桂木さんは早いですよ。あちらが特別なだけ」
晴樹がコップに水を入れて出す。桂木と呼ばれた初老の男性は肩をすくめると「いつものを頼むよ」と言った。
「きりちゃん、昨日は仕事だったんだろう?怪我はなかったかい?」
「はい。大丈夫です。怪我してたら晴樹さんがここに入れてくれませんよ」
「それもそうか」
桂木がそう言って笑うと、チリンとかすかな鈴の音が響いた。
「おや、もしかしてうるさかったかな?」
「そんなことないと思いますよ。元々すぐ帰りそうな人だったし」
霧斗はそう言うと窓際の席のコーヒーとケーキを片付けた。
このカフェには生きた人ではない客もくる。それは霧斗が働き始めるより前から常連客の間で有名だった。それは晴樹が店にやってくる幽霊や妖怪に菓子やコーヒーをあげていたせいでもある。音もなくやってくる彼らは、帰るときには必ずチリンと鈴の音を鳴らした。それはまるで晴樹に対する礼のようで、晴樹があまりにも普通にしていることもあって常連たちも慣れてしまった。そういうこともあって、祓い屋という霧斗の仕事もわりとあっさり受け入れてくれる常連が多かった。
「はるちゃんは見えるだけだから心配だったけど、今はきりちゃんがいてくれるから安心だね」
「ここには良くないものは入ってこれないですよ。そういう土地なんです」
「そういうものなのかい?私は見えないからなあ。最初の頃は誰もいないテーブルにコーヒーとケーキがおいてあるのが不思議でしかたなかったけどね。でも、帰るときなんだろう?必ず鈴の音がする。これだけはみんなに聞こえるから信じてしまうんだよね」
桂木がそう言って笑うと、晴樹がコーヒーをいれてもってきた。その日によって変わる晴樹のブレンドコーヒーを桂木は好んで飲んでいた。
「最初の頃は気味が悪いって来なくなってしまったお客様もいましたしね」
「まあこればかりは仕方がないとしか言えんだろうね。でも、もし私が死んでも、またここに来られるかと思うと嬉しくもあるよ」
「桂木さん…」
桂木の言葉に晴樹が何とも言えない寂しそうな顔をする。桂木はそれを見ると「まだまだ元気だから安心しておくれ」と笑った。
「あー!桂木さんが晴樹さんいじめてる!」
カランとドアが開く音と同時に声が上がる。3人が目を向けると、トートバックを肩にかけた若い男性が入ってきた。
「南くん、いらっしゃい。別にあたしはいじめられてたわけじゃないわよ?」
晴樹が苦笑しながら言うと、男性はひとつ椅子を空けて桂木の隣に座った。
「そうなんですか?」
「いや、今のは私が悪かったよ」
桂木が苦笑しながら言うと、南は「晴樹さんいじめちゃだめですよ~」と笑った。
「南くん、大学は?」
水を出しながら霧斗が尋ねると、南は「午後から」と笑った。
「だから午前中はここで課題やろうと思って。晴樹さん、テーブル席1個借りていい?」
「もちろんよ。朝ご飯は?」
「まだ!サンドイッチください!」
南は元気に言うと他の客が来ても邪魔にならない奥のテーブルに移動した。チャラいように見えてちゃんと気配りができる男なのだ。
「南くん、これお供えしたやつなんだけど、よかったらどう?」
「いいの?やった!」
生きた人間以外に出したコーヒーやケーキは基本的にあとで晴樹や霧斗が食べるのだが、南のような苦学生にはタイミングがあえば無料で出したりしていた。
「早めにきて正解だったなあ。ラッキー」
「いつもくるわけでもないけど、くるときはだいたい開店間際かな。狙ってくるならこの時間帯がオススメだよ」
「ありがとう!啓介にも言っとく!あいつ最近また食費削ってるから」
南が同じ大学でやはりここの常連客の友人の名前を出すと、霧斗は眉間に皺を寄せた。
「俺が言えたことじゃないけど、食事は基本だぞ?」
「わかってるけど、簡単に削れるのは食費なんだよねえ。家賃も光熱費も削れないし」
南は肩をするけると冷めても美味しいコーヒーを飲んだ。
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