カフェ猫足・第1話

 古民家旅館の依頼から帰った翌日、霧斗が目を覚ますと外はもうすっかり明るくなっていた。かなり熟睡したらしく、頭はすっきりしている。体も軽い。これなら午前中からカフェの仕事に行けそうだと霧斗は枕元の時計を確認して起き上がった。

「おはようございます」

寝室を出てキッチンにいる晴樹に挨拶する。晴樹はにっこり笑うと「おはよう」と返した。

「もう起きていいの?体は平気?」

「はい。とてもよく眠れたからバッチリです。晴樹さんのハーブティーがよく効いたみたいです」

「そう?よかったわ。ちょうど朝ご飯ができたところよ。顔を洗ってらっしゃい」

笑う晴樹にうなずいて洗面台に行く。晴樹はそれを見送るとリビングのテーブルに食事を運んだ。

 トーストに野菜のコンソメスープ、スクランブルエッグとサラダという朝食が並ぶテーブルを見た途端、霧斗の腹がぐうっと鳴る。霧斗は真っ赤になると腹を押さえてしゃがみこんだ。

「うふふ、お腹は正直ね。冷めないうちに食べましょうか?」

オレンジジュースのグラスを2つ持ってきた晴樹が笑いながら言うと、霧斗は真っ赤な顔のままうなずいてソファに座った。

「いただきます」

「いただきます」

ふたりで手を合わせてから食べ始める。霧斗は朝から旺盛な食欲をみせ、並べられた食事の他にトースト2枚を平らげた。

「晴樹さん、調子いいから朝からカフェに行くよ」

「そう?じゃあ無理はしないようにね」

晴樹は無理に休ませることはなくにこりと笑うと出勤準備を始めた。霧斗も食器を片付けてから出勤準備をする。準備といっても財布とスマホを持つだけの簡単なものだ。準備はすぐに終わり、霧斗は晴樹と一緒にアパートを出た。


 晴樹が経営するカフェはアパートから徒歩5分ほどの場所にある。人通りの多い通りに面してはいるが、あまり目立たない看板しか出していないのでやってくるのは常連客が多かった。

 店に入るとふたりは制服に着替えた。制服といっても白いワイシャツに黒のスラックス。そして黒のギャルソンエプロンといったものだった。

「そろそろお菓子の納品がくると思うわ。対応してくれる?」

「わかりました」

うなずいて霧斗が先に事務室を出る。レジの横のショーケースを拭いていると、カランと鈴が鳴って大きな箱を抱えた女性が入ってきた。

「おはようございます!パティスリーミキです。お菓子の納品にきました!」

「おはようございます。いつもありがとうございます」

晴樹のカフェにおく菓子は晴樹が作るものかパティスリーミキのものだった。菓子を作っているのは納品にきたこの女性、椎名美樹だった。

「美樹さん、持ちます」

「ありがとう、霧斗くん」

霧斗が美樹から箱を受けとる。レジカウンターに置いて開くと、箱の中には可愛らしいケーキや洋菓子がたくさん入っていた。

「相変わらず美味しそうですね」

「ありがと。でも晴樹さんのプリンには負けるわ」

「あのプリンは特別です」

美樹の言葉にうなずくと、美樹はクスクス笑いながら箱の中身をショーケースに移すのを手伝ってくれた。

「美樹ちゃん、おはよう。今日もありがとう」

「晴樹さん、おはようございます。こちらこそいつもありがとうございます」

準備を終えて出てきた晴樹が挨拶すると美樹も頭を下げる。その美樹の頬はわずかに赤く染まっていた。

「昨日納めてもらった分も完売だったわ。新商品のケーキも評判よかったわよ」

「本当ですか?よかったあ。また新商品ができたらよろしくお願いします」

「こちらこそ」

にこりと笑った晴樹はショーケースの中を確認するとコーヒー豆の確認に行った。霧斗が空の箱を美樹に返すと、美樹は「また明日よろしくお願いします」と言って店を出ていった。


 午前10時。晴樹が経営するカフェ「猫足」が開店する。入り口のドアの掛け札をcloseからopenにかえた霧斗は店内をざっと見渡した。

「きりちゃん、コーヒー入ったわよ」

「ありがとうございます」

霧斗が窓際の席にいく。誰もいないテーブルにコーヒーとケーキをおくと、窓際に飾られていたサンキャッチャーがひとりでにくるりとまわった。

「ごゆっくり」

霧斗は会釈するとそのテーブルを離れた。

「今日は若い子ね」

「そうですね。たぶん、すぐに帰ると思いますよ」

小声で話しかけてきた晴樹に霧斗がうなずく。ふたりには窓際の席に座る少女の姿が見えていた。白いワンピースがよく似合う、まだ10代だろう少女はすでに彼岸の住民だった。

 晴樹の経営するカフェ猫足は場所のせいなのかよく人ではないものが訪れた。そのほとんどは死者で、供物の代わりにケーキやコーヒーを出してやると自然と消えていく。座る席はいつもバラバラだが、開店時間きっちりに現れるので毎日最初の客になっていた。

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