同居人は綺麗なお兄さん・第2話
「青桐、久しぶりのプリンだな」
「ああ。あのものが作るプリンなるものは実に美味だ」
ふたりきりになると青桐も口を開く。どことなくうきうきした様子に霧斗は自然と笑顔になった。
「今日の仕事はどうだった?」
「さして問題なかった。あれは家主の落ち度というより売ったものが悪いな」
「だよな。あの人ならちゃんと神様お祀りしてくれそうで安心した。50年もしたら定住してもいいと思ってくれるといいんだけどなあ」
洗った食器を拭きながら霧斗が言うと、青桐は首をかしげた。
「どうだろうな。50年など俺にとっても瞬きの間だ。もっと長く生きた神にとってはそれこそ一瞬だろう」
「やっぱり難しいか」
ため息をついた霧斗が食器を渡すと青桐がそれを食器棚に戻す。その間に冷蔵庫を開けると中からクリームがたっぷり乗ったプリンを2つ取り出した。
「うわ、もう良い匂いする」
「相変わらずの腕前だな。これほど美味なものを作れるのになぜこんな狭いところに居を構えているのかわからん」
「え~、ここだって結構いいとこだぞ?」
青桐の基準はだいたい平安時代だ。その頃の屋敷は平屋だった代わりにとにかく広かった。だから霧斗によって封印を解かれたとき、現代の住居の狭さに驚いたのだ。
ふたりはプリンを持ってリビングに戻ると向かい合ってソファに座った。青桐は待ちかねたと言わんばかりにプリンを一口食べると、そのとろける甘さに目を見開いてしばし固まった。
「あ~美味い!最高!」
対する霧斗は感動しながらも食べ進める。青桐はそんな霧斗を信じられんとばかりに見ながらゆっくりゆっくり食べていた。そんな青桐を見るにつけ、人間らしくなったなあと思ってしまう霧斗だった。
封印を解いたときは悪鬼そのものだった青桐。実力で負け、仕方なく式神となったが、それでも不満そうなのは明白だった。だが、しだいに態度は軟化していった。晴樹と住むようになってからは特に顕著だった。
「晴樹さんってすごいよなあ」
思わず零れた声に「このような美味なものを作るのは確かにすごい」との反応が返ってくる。それに笑ってうなずきながら霧斗はプリンを食べた。
プリンを食べ終わってしばらくするとパジャマ代わりのスウェットを着た晴樹が髪を拭きながら戻ってきた。
「晴樹さん、ごちそうさまでした。めっちゃ美味かったです」
「お口にあってよかったわ。青桐ちゃんも美味しかった?」
「ああ。文句のつけようがないほど美味だった」
普段晴樹とは話さない青桐もプリンを食べたときだけは手放しで褒める。そんな青桐に晴樹が嬉しそうに笑う。仲がいいなあと思いながら霧斗はソファから立ち上がった。
「じゃあ俺シャワー浴びてきます。青桐は好きにしてていいぞ」
「わかった」
「いってらっしゃい」
晴樹と青桐に見送られて浴室に入った霧斗は服を脱ぐと頭から冷たいシャワーを浴びた。それは神気を浴びすぎたための禊だった。神気は穢れたものではないが、人間には強すぎる。強すぎるそれは毒にもなり得るから悪影響が出る前に禊をして洗い流していた。
「神との対話なんて久しぶりだもんなあ。滝行でもするかなあ」
ポツリと呟いた霧斗はぶるっと震えるとシャワーを水からお湯に切り替えた。祓い屋の仕事はいつ入るかわからない。入れば大きな収入にはなるが危険も大きい。それに引き換え晴樹のカフェのバイトは出勤すればきちんと給料が出る。そこから家賃を差し引いても小遣い程度は手元に残る。霧斗にとって安全で収入が約束されたカフェのバイトはできるだけ休みたくない仕事になっていた。それゆえに体調はできるだけ万全にしておきたい。それに、風邪などひいたら青桐に貧弱だと笑われそうだった。
冷えた体をお湯で暖めた霧斗は浴室を出るとスウェットを着て髪を拭いた。洗面台の鏡を見れば目の下にうっすらクマができている。何より顔に血の気がない。うわあと思いながらリビングに戻ると、青桐の姿はすでになく、キッチンから良い香りがしていた。
「晴樹さん、これ何の匂いですか?」
「ハーブティーよ。お仕事頑張ったきりちゃんにあたしからのご褒美よ」
そう言って晴樹がキッチンから戻ってくる。その手には湯気がたつティーカップがあった。
「あたしの特製ブレンドティーよ」
ウインクしながらティーカップをテーブルにおいた晴樹はベランダの前のひとり掛けの椅子に移動すると読みかけの本を開いた。
霧斗はソファに座ると優しい香りのするハーブティーをそっと一口飲んだ。香りと同様、優しく爽やかな味が口に広がる。ほうっと無意識に吐いて霧斗はゆっくりハーブティーを飲んだ。
しばらくして晴樹が本から目をあげると、霧斗はソファに座って眠っていた。ティーカップは空になっている。晴樹は穏やかな表情で眠る霧斗を見て微笑むと椅子から立ち上がった。
起こさないようにそっと抱き上げて寝室に運ぶ。ベッドに寝かせるとわずかに身動ぎしたが目を覚ますことはなかった。
「おやすみなさい」
そっと囁いて毛布をかけ、部屋をあとにする。晴樹はティーカップを片付けながら悪戯がうまくいった子どものように微笑んだ。
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