同居人は綺麗なお兄さん・第1話

 古民家旅館からの依頼を終えた霧斗は神と相対した疲労を感じながら住んでいるアパートに帰った。

「ただいま~」

「あら、おかえりなさい。大丈夫?」

「ん~、ちょっと寝る」

顔を出した同居人の橘晴樹が心配そうに声をかける。霧斗はひらひらと手を振ると自分の部屋に入ってベッドにダイブし、そのまま寝息をたて始めた。

「今回もお疲れさまだったみたいね」

ドアも閉めずに寝てしまった霧斗に苦笑して晴樹はそっとドアを閉めてやった。

 このアパートは元々晴樹がひとりで住んでいた。晴樹は小さなカフェを経営しており、霧斗は最初、そこに時々くる客だった。ある日、仕事で怪我をして路地裏で倒れている霧斗を見つけ助けたのがきっかけで同居するようになった。そして、祓い屋の仕事がないときには霧斗もカフェを手伝うようになっていた。


 霧斗が目を覚ました時には外はすっかり暗くなっていた。晴樹がいるようでリビングに灯りがついているのがわかる。欠伸をしながら起き上がった霧斗がドアを開けると、テレビを見ていた晴樹が気づいて手を上げた。晴樹は性別はれっきとした男性だが、長い黒髪や中性的な顔立ち、話し方から女性に間違われることもよくあった。

「きりちゃん、おはよ。何か食べる?」

「ん、食べる」

霧斗がうなずくと晴樹は「了解」と笑ってキッチンに行った。

「今回も大変だったみたいね?怪我はしてない?」

「怪我はしてないよ。ただ、神様相手だったから神気にあてられた」

ソファにぐったりもたれながら言う霧斗に晴樹「あらあら」と苦笑した。

「晴樹さん、カフェは?」

「今日は定休日よ?明日、しんどいようなら休んでもいいからね」

定休日と聞いてそんなことにも気づかないほど疲れているのかとため息をつく。明日も休んでもいいと言ってくれる晴樹には感謝しかなかった。

「ありがとう。午後には復活できるように頑張るから」

「またいつ仕事が入るかわからないんだし、休めるときに休むのも大事よ?」

晴樹はクスクス笑いながらミックスベジタブルと卵で作ったチャーハンを持ってきてくれた。

「召し上がれ」

「美味そう。いただきます」

ガツガツと食べ始める霧斗に苦笑して晴樹は向かいのソファに座った。

「今回の紹介はやっぱり高藤さんからだったの?」

「ああ。依頼主の父親が高藤さんの知り合いらしい」

「なるほど。今日ね、高藤さんがお店にきたのよ。きりちゃんがお仕事行ったって話したら安心したお顔をしてたわ」

晴樹の言葉に霧斗は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「そんなに心配なら自分でやれば良かったのに」

「まあまあ。高藤さんにも何か考えがあるんでしょ」

また始まったと笑う晴樹は自分用にいれてきたコーヒーを一口飲んだ。

 高藤は元はかなり有名な祓い屋だったそうだ。だが、年齢のこともあり今は引退している。霧斗が自分に何かあったときにと渡す組織の名刺は高藤が作った組織といってもいいようなものだった。引退した今でも影響力があり、霧斗は高藤を通して組織とやり取りすることもあった。

「カフェのほうには依頼はなかった?」

「今日はないわ。きりちゃんはいないのかって常連のおじいちゃんたちが残念がってたわ」

「爺にモテても嬉しくねえ」

むすっとして言う霧斗に晴樹はクスクス笑った。

 今でこそ霧斗は表情豊かだしよく喋るが、拾った当初は表情筋が死んでいたし必要事項以外口を開かなかった。

「ふふふ」

「何?思い出し笑い?」

「そうよ。きりちゃんが表情豊かになってあたしは嬉しいわ」

晴樹の言葉に霧斗は照れ臭そうな、バツが悪そうな顔をした。

「ごちそうさま。片付けは俺がするから」

「そう?じゃあお願いするわ。あ、そうだ。冷蔵庫に特製プリンあるから、青桐ちゃんと食べてね」

「マジ!?やった!ありがとう!」

霧斗の顔が一気に喜色満面になる。晴樹の作るプリンは絶品で、人間の食べ物にあまり関心のない青桐でさえ絶賛するほどだった。

 プリンがあるとわかると霧斗はさっさと片付けを始めた。そしてどこからか青桐も現れていそいそと霧斗を手伝い始める。見ることだけはできる晴樹は、最初こそ驚いたものの霧斗の職業を聞くと納得して青桐が突然現れても驚かなくなった。青桐も美味いプリンを作る晴樹を憎からず思っているようで、言葉を交わすことはないものの、目が合うとわずかに会釈するようになっていた。

「じゃああたしはシャワー浴びてくるわね。きりちゃん湯船に入る?」

「ん~、今日はシャワーだけにしとく」

「わかったわ」

普段湯船に入ることを好む霧斗がシャワーだけにすると言う。それは見た目以上に疲労が溜まっている証拠だと同居して数年経った晴樹は知っている。寝る前にハーブティーでもいれてあげようと考えながら晴樹は寝室に着替えを取りに行ってから浴室に消えた。

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