第9話 記憶の中で
懐かしい感じがした。
色褪せた記憶の追憶。
どこか幸せな感じがしたけれど、少し、悲しい記憶でもあった気がする。
「千寿くん」
小さな小さな少女は笑ってそう言った。
その少女に僕は記憶の中でどう返したろうか。
どこまでも続く草原に、永遠に続いて見える蒼空。
雲なんてひとつもなくて、手が届きそうで届かない。
ただただ太陽が燦々と緑を照らし、光を恵む。
その草原の上で、僕と小さな少女は寝転がっていた。
風で靡く草は清々しく、それと一緒に風に舞う少女の白い髪がより美しかった。
これは──。
僕が8歳の時の──。
しかし、この時間をどこかにしまっておきたくなくて、この記憶を現実だと
けれど少女の名前は思い出せないし、顔だって曖昧だ。
こちらの顔を覗いて、にひひと笑う彼女の肌はとても白くて、きめ細かくて抜けるようだった。
でも、そんな笑顔がどこか悲しそうに揺れる。
どうしたの。と、僕は尋ねる。
僕は僕自身が彼女の瞳に落とす影を見失わない。
「私はね──」
柔らかな風が頬を撫で、草原を揺らした。
次の言葉をじっと待つ。
「もうすぐ、」
草々は太陽に照らされて、眩しく騒ぐ。
ゆっくりと、少女は桃色の唇を開いた。
「死んじゃうの──」
❖❖❖
頬を切るような冷たい風が通った。
目を開けると、白く淡い光が僕を照らした。
「千寿さん──!!」
上から少女が涙を流しながら覗き込んできた。
風になびく白髪は、まるで浜に煌めく白砂のように繊細で、僕を見つめる白縹の瞳は闇を照らす。
彼女を永久に見つめたいと、体が叫ぶ。
その一瞬が、永遠に感じられた。
「キリ──、僕はどうして」
夢を見ていた気がする。
とても懐かしくて、とても幸せな。
「心配、したんですよ──っ、ばか、ばか!」
「ごめん、それと、ありがとう」
何に対しての感謝か。それはきっと全部に対してだ。僕の代わりに戦ってくれたこと、そして、僕を守って、守らせてくれたこと。
けれど自分が眠っていた間に何が起きてどうなったのかわからなかった。
寝転がっている体勢から身体を起こす。
その時に初めて彼女が膝枕をしていてくれた事に気がついた。
冷たいコンクリートの上でただただ僕が起きるのを待っていてくれたのだ。
「……千寿さんは、リミエールを討伐しました。……それから、彼女の心臓を飲み込んだんです」
暗い顔でキリは告げる。
「そうか……僕が心臓を……。
それで、それって何か起こったりはする?」
「天使が死神の心臓を取り込むと不死身になることは知っていますが、逆は私からはなんとも……すいません」
「そっか。でもきっと大丈夫、このとおり体も戻てる」
そう、いつの間にか体は普通の人間に戻っていて、キリの背中からも翼は消えている。
「──って!ケガすごいじゃないか──!!」
キリの白い服は所々が裂けて、その下の肉も抉れ、赤い血が固まりかけていた。
「大丈夫です。天使も死神程とは言えませんが治癒能力は持っているんですよ」
はにかんでそう言った。
「それより千寿さん!初任は完了です!」
わーい、と手を挙げてキリは喜ぶ。
「そうだね、よかった」
正直なとこ、こんな大事をやったって言うのに、実感がない。
その証拠が欲しくて周りを見やる。
そしてすぐ異変に気がついた。
リミエールの死体と、戦闘の形跡がない。
「キリ、血とか、地面の抉れた跡とかが見当たらないんだけど」
「あ、それはですね、私達が戦っていたのは結界の中であって、現実の世界ではないんです。結界の中の事象は現実の世界には反映されません。そしてその戦いに私達は勝って、結界は消滅しました」
「なるほど。
じゃあ、キリ、改めてお疲れさま」
「はい、千寿さん。おつかれさまで、し──」
ふらっとキリが揺れる。そしてそれを反射的に支える。
「キリ!大丈夫!?」
「すいません千寿さん…やっぱりだいぶ疲れちゃったみたいです…」
そして目を瞑った。
大丈夫。息はしてる。
「急いで篠田さんのとこに戻らないと」
◈◈◈
正直帰って来れるか心配だったけど、やっと帰ってこれた。
目の前にたたずむ、のっぺりとしたコンクリートの建物を眺める。
駅から約20分。そこにあるのは、ビル。と言っていいのだろうか。
建物の周りには都会の割にと言っていいほど人気も他の建物も目につかない。
まるっきり生気というものが感じられないのだ。
目の前にあるものは建物なんかではなくて、巨大な壁なのではないかと思えてしまう。
「これこそホントに結界なんじゃないか…」
背中に背負うキリの息を感じながら、そんなくだらないことを呟く。
ガラスで出来ているくせに、重々しい雰囲気があるドアが、キィと、音をあげて開く。
中はコンクリートの床と壁。それしかない。そんなエントラスを抜け、奥にある階段を登ってから、そこからが有り得ないのだ。
ある部分を起点として、コンクリートの気配というものがなくなる。
コンクリートそのものが無くなるワケではなく、コンクリートと木の壁の境界がハッキリと存在しているのだ。
そこからまた少し階段を上ると、木を基調としたドアが現れる。それを開けると、
「帰ったか。よくやった」
篠田さんと、キリ、そして新しく加わった僕が住む住居があるのだ。
「キリが……多分、気を失ってるだけなんですけど」
キリをソファの上に降ろす。
「これは相当な傷だな、完全に治るまでは2日という所だろう」
「え、そんなに早いんですか」
「まあ、もう知ってるだろうが、キリも人間ではない。自然治癒力も相当なものだ」
わかりました。と頷く。
「それで、篠田さん。僕はこの後どうすればいいんですか」
篠田さんは胸ポケットから煙草を取り出した。
しかしそれを何を思ったか、ゆっくりと戻す。
「お前も休め。相当体力を使っただろうからな。詳しいことは明日聞かせてもらう」
「え、でもキリを……」
「安心しろ。面倒は私が見る。無駄な気を使うな」
「えっと……じゃあ、お願いします」
ああ。と篠田さんは頷く。
人に物事を頼むということに不慣れだったことに今更気がつく。
「それじゃあ僕は休ませてもらいます」
正直体はくたくたで、今にでもベッドに飛び込みたい。
「ああ、あとは任せろ」
「ありがとうございます。それと──」
久しぶりに言いたい言葉があった。
当たり前の言葉で、普通で、何気無い言葉。
「──おやすみなさい」
僕は長らく、人にそういう挨拶をすることが出来なかった。いや、ソレをする相手がいなかったのだ。
「ああ、おやすみ」
篠田さんは柔らかくそう答えてくれた。
◈◈◈
『千寿さんの部屋』と、札が掛けられたドアを開ける。
ベッドと、机と、難しそうな本が入ってる本棚がある部屋。昨日僕が寝ていた部屋でもある。
部屋の一番奥、つまり、ベッドのすぐ横には天を覗くような窓が設けられていて、そこからは月の光が暗い部屋を照らしている。
そのベッドにすぐさま倒れ込む。
眠るという行為に必死にしがみつく。
そうすると直ぐに体と精神の境目があやふやになって、まどろみの中に落とされる。
僕は死神だ──。
睡眠が、ソレを自覚させてくれた。
そして同時に、キリという天使の存在も焼き付けてくれた。
そうして僕は眠りに落ちる。
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皆さん久しぶりです。きむちです。
投稿が遅れてしまってすみません。色々と用事が立て込んでしまって執筆ができませんでした…。すいません。
というわけで、初めての戦いも終わったってことで、振り返りをしましょう。
なんて言うか、僕って戦闘描写を書くのがこんなに下手なんだなぁと思わされました。泣きたいです。ホント。
これから精進して行きますのでそこは勘弁してください。はい。
これから注目してほしいのはキリと千寿の関係だったり、千寿の記憶とかですかねぇ。
はい!というわけで、これからも僕のことをよろしくお願いいたします!
暇だったりしたら、レビューとかしてくださると励みになります!
それではまた!
By ご飯の上に乗っけるやつより
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