第3話 死神と少女

「ああそうだ。明日からだ」


篠田さんの急な発言には驚くことしか出来なかった。

正直なところ、実感がない。

見たこともない天使を殺せと言われてもできる気がしない。それに今も天使という存在が信じれていないからだ。


しかし──

「今でも信じれていないような顔だな。だったらもう一度自分の体を確かめてみろ」


そう。僕のこの体はどう見てもどう考えても人間のソレではないのだ。『死神』。篠田さんはそういった。


「君はもう完璧な死神だ。自分の存在を観測しろ。そうすればおのずと天使の存在も信じれるようになる」


ふぅ。と篠田さんは肺から白い煙を流す。


「とりあえず今は休め。部屋は用意してある」



◈◈◈



部屋の外に出ると白い少女が目を瞑って待っていた。


「では、部屋に案内します」


久しぶりに聞いた、いや、1時間ほどぶりに聞いたその声はとても澄んでいた。


細く透き通るような声だけれど、どこか耳の奥を超え、脳にまで幸せを与えられる、そんな感覚がある。

そしてその声に、惹かれてしまった。


「君のことは、なんて呼べばいい、んですか?」


普段通りに話していいのか、敬語で話していいのかわからなくなってしまった。


「キリでいいです。それと、敬語でなくていいです。その方が私も楽だもん…あ……楽ですので」


「……。わかった。じゃあ、キリって呼ばせてもらうよ。それと、さ……」


「……なんでしょうか」


「敬語に慣れてないなら、是非いつも通りに話してくれても──」

構わないよ。と言おうとした。


「よかったぁぁぁ」


「え、」


「私、正直なところ、死神って言うから怖い人だと思ってました。けど見たところ、えっと…」


僕の名前だろうか。


「千寿でいいよ」


「千寿さんはとても優しそうだったので」


彼女の口調は少し意外だったが、驚くかと言われたら驚きはしなかった。

なぜならその喋り方は、彼女にとても似合っていたから。それに、とても懐かしい感じがしたからだ。


「そっか、僕は──」

本当に死神なのだ。と、再び自覚した。

自分の体を見る

── 黒い骨が。

自分の腕を見る

── 黒い肉が。

自分の指を見る

──長いが。


「い、いえ!そんなつもりは……」


彼女は僕を気遣ってそんな言葉を投げかけてくれた。

僕を見つめる彼女の白縹色の瞳が少しだけ潤んだ気がした。


そして僕は気がついた。


その瞳に──



「うわっ、あぁ…っ!!」


咄嗟に頭を抱え込んでうずくまる。

その怪物が僕だということにこの脳ミソはすぐに理解してしまった。

今は冷静な自分がとても恨めしかった。自分がこの怪物だと認めたくないのだ。


「千寿さん!?」


「僕は…僕はこんなに怪物に…なってしまった…」


生きている感覚がしなかった。


「……いいえ──」


優しい声が聞こえた。


「千寿さん」


優しく、体を包み込むような。


「あなたは怪物なんかじゃありません」


温かく、


「──私を守ってくれたヒーローです」


そっと、体に温かさが染み込んできた。

床に蹲る僕のことを、キリが優しく抱きしめてくれたのだ。


「千寿さんが助けてくれなければ、私はあの男に殺されていました。あの男は天使に操られていたんです」


耳のすぐ側でキリの声が聞こえる。

その温かい息と、湿った唇の振動を感じる。


「私達は天使に恨みを買っていますから。あちらも私たちを殺しにくるんです」


「──」


「あなたはきっと、今生きる希望を無くしていると思います」


僕を抱きしめる力が強くなる。


「けれど──」


「──あなたを必要としていて、あなたに生きていて欲しいと思っている人がいるということを忘れないでください」


「私は──」


抱きしめる力が強くなる。先程よりも強く。そして温かく。


「──あなたに



あぁ──。

僕は誰かに必要とされたかったんだ。

誰かに温めて欲しかったんだ。

誰かに愛して欲しかったんだ。

誰かに生きていて欲しいと言われたかったんだ。


目の奥が熱くなる。

必死にこらえて、必死にこらえて。

けれど頬を雫が伝った。


その瞬間、体の全てが溶ける感覚がした。


どれほど泣いたのだろうか。


「……ありがとう。僕は──」


キリは僕のことをずっと抱きしめてくれていた。

彼女は僕から少し離れ、僕の目を見つめる。


「──生きるよ」


その目は、濡れていた気がした。

そして、崩れそうな笑顔でこう答えた。


「──はい。よかったです──」

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