第2話 天使狩り

僕の体はまるで黒い骨と黒い肉で形成されているようだった。手は異様にゴツゴツとして、指先に生える爪はやはり黒く、そして鋭く長い。


「なんだこれ!!」


「その姿は簡単に言うと、になっている状態です」


死神だって!?

訳が分からなかった。なんで僕がこんな姿になってるんだ。まず死神なんて居ないし有り得ない。


「安心してください。元の姿に戻ることもできますから」


「──はぁ」


ため息しか出ない。


なんだって僕がこんなことになってるんだ。



◈◈◈



少女に案内された部屋は、やはり温かみのある木で作られた部屋で、先程僕がいた部屋よりも少しだけ広かった。


天井からは洒落た照明が垂れており、それが部屋を黄色く、そして淡く照らしている。


窓から覗く外は暗く、白く輝く月が見えた。


その部屋の真ん中には、焦げ茶色の両袖机が配置され、その机に尻をのせ、煙草を咥える『篠田』がいた。


「やあ、来たね、死神くん。じゃあキリ、ありがとう。それと悪いが一旦部屋の外にいてもらえるかい?」


その篠田という女性の言葉に、キリ、と言う白い少女は、はい。と返事をして部屋から出ていった。


「それじゃあ話を始めよう」


女性は机から腰を上げ、その手前にある、向かい合うように置かれたソファの片方に座った。

そして僕にも腰を下ろすように促した。


よく見るとこの女性はとても美人だ。

赤い髪の毛はとてもツヤがあって、目も同じように濃く赤い。ワイシャツから見て取れる女性特有のふくよかな胸。そしてピンクの唇。


対面している訳なので、当然目が合う。

そしてすぐに僕は、ばっと目を逸らしてしまった。


そんなことも気にせずに女性は語りかけてくる。


「それでは挨拶から始めよう。私の名前は篠田しのだ 魁渚かいな。好きに呼んでくれていい。して、君の名前は?」


「七海 千寿、です…」


「千寿、ね。じゃあ千寿。率直に言おう。君は死んだ──」


やっぱり僕は死んでいた。

なら何故──


「なら何故生きているんですか」


その質問に篠田さんはニッと笑って


「君は、だからだよ」


「その…死神って、なんなんですか」


やはり死神なんて居ないし有り得ない。

そんなもの妄想の産物でしかないからだ。


「うん、君たち普通の人間はそう考えるだろうね」


けれど。そう付け足した。


「私たちは違う。なぜなら──」


「私達は、使だからだ──」


天使。また有り得ない言葉が出てきた。


「天使って。さっきから死神とか天使とか意味が分からないです」


「だろうね。じゃあ詳しく説明しよう」


篠田さんの説明は簡単にするとこうだった。

この世界には多くの天使が存在する。しかし彼ら天使達は普通の人間と同じような姿で僕たち人間と同じように暮らしているらしい。そして篠田さんたちはそれらを全て見つけだして──


「殺す」


「殺すって、なんでですか」


「彼ら天使達はな。私たちの寿命を吸って生きているんだ」


「寿命、ですか…」


ああそうだ。と頷いて煙草を灰皿になじる。


「人間ってのはだいたい100まで生きると言われているだろう?しかしそれは間違いだ。生きる気にればあと50年は生きれる──


天使を殺せばな」


「それと、千寿。君には私たちの天使狩りを付き合ってもらう」


「え」


僕は別にその天使ってやつらに恨みはない。つまり殺す理由もない。


「なんだ。嫌か?」


つまり、嫌だ。

しかし、断る。という行為がと思ってしまう。


「ま、君が断っても無理にでも付き合ってもらうがな。君にはその義務があるんだ」


「なんですか、それ」


「君は天使に狙われているんだよ」


は、、。


天使に狙われてる。その意味が正直分からない。狙われてるとどうなるのか。放置しておくとどうなるのか。


「つまり、殺しにくる。君のことをな」


頭は既に冷静で、考えることはできる。正しい選択を選ぶこともできる。


「僕は、死んでもいいんです。元々、あの女の子を助けて死んだことに納得もしていました」


そう、僕は死んでもいいと思った。

なんで生きているのか、それが分からなくなっていたから。


「……」


篠田さんは不機嫌そうに煙草を口に咥え、ライターで火をつける。


「じゃあこうしよう。君が生を願うなら


「え……」


間抜けな声が出る。

両親。死んだ両親。それを教えてくれる?

その前になぜ彼女は僕の親のことを知っている?


「どうだ」


正直、忘れようとしていた。けれど、忘れられなかった。伯父と、その嫁から酷な扱いを受ける度に両親の顔が浮かび上がってきていた。

もっともっとそばに居て欲しかった。

考えるだけで涙を流したことだって何度もある。


「……」


この人は嘘をついていない。そういう決定的な予感がする。


「──知りたいです。僕の両親のことを、教えてください」


「はっはっ。いい返事だ。いいだろう。教える。けど、君は絶対にそんなことを聞かなくても生きたいと思えるようになるさ」


またしても意味のわからない言葉だった。


「どういう、意味ですか」


「ただの戯言さ。気にするな」


それでは、と言葉を続ける。


「君の両親についてだが、父親も母親も、天使に殺された」


また天使。


「理由なんだが、ただ君の父親が死神だったからだ。死神は天使の天敵でね。奴らは異様に死神を殺したがる。まあ、そこら辺にうじゃうじゃといる天使と違って、死神は世界に今はもう3人しか居ないがな。君も含めて」


「ただそれだけが理由で、ですか?」


「ああ、ただそれだけ。が理由でだ。あちら側からしてみれば、それだけの理由。だけでは済まないらしいがな」


ぐりっと手のひらを握る。

頭の中が空っぽになっていく感覚だった。

そんな、ただそんな理由で僕の幸せは壊された。

死神に生まれただけで?たまたま生まれただけで。


「なんで、なんで天使は死神を殺したがるんですか…」


「言ったろう、死神は天使の天敵なんだ。そして最大のでもあるんだ」


「収穫物…」


「ああ、そうだ。死神の心臓は普通の人間とは違ってね。何をしても壊れないんだ。簡単に言ってしまえば不死という所か。それを天使達は狙っているんだ」


自分の心臓の鼓動がいつもより正確に、そして脳ミソに響くように感じた。


「その心臓をどうするんですか」


自分の胸を掴む。


「──食うのさ」


食べる──。


「その心臓を食った天使はね、より強く、より賢くなるんだ。やがて、何をしても死なない不死の天使になる。そして死神を殺せるのは天使の能力だけ。つまり、天使が死神を殺すというのは道理に合っているんだよ」


「──」


両親が天使に殺された。その事実を知ったところで僕には何も出来ない。しかし少しだけ自分の心に火がついた感覚があった。


それが怒りか、それとも他の何かの気持ちかも分からない。


「それでは、早速明日から天使狩り仕事をしてもらう」


「え、明日からですか──!?」

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