死神と白き少女の夜
きむち
第1話 他守衝動
指先が冷たい。
意識もなくなりかけている。
視界も黒く、だんだん狭くなっていく。
「──か!────ですか!」
誰かの声が耳の奥に突き刺さる。
今はその声を意識することさえ面倒だ。
もう、感覚がない。
考えることさえくだらないと思える。
ああ、そうか、僕はここで死ぬのか──
◈◈◈
12月24日。クリスマスイヴ。
神坂市の、ビルが並ぶ商店街は沢山の人で溢れかえっていた。手を繋いで歩くカップル。ビジネススーツを羽織って足取り軽く歩く女性や、男性。
僕、七海
特にこれと言って予定は無く、ただの散歩をしている。
僕はこの、多くのビルが伸びる神坂市の夜がとても好きだ。
夜のビルの光はまるで、澄んだ夜空に輝く星のようで。
いや、僕が散歩をしているのは、この街が好きだとか、夜景が好きだとか、そんな理由じゃない。
ただただ、家に居たくない。それが理由だ。
僕の両親は、僕が小学生の頃に殺された。
犯人不明。証拠は一切残っていなかった。計画的犯行だった。
そして僕は父親の兄、つまり、伯父に引き取られることになった。
そこでの生活は一言で言うと過酷だった。奴隷のように扱われ、毎日のように暴力を振るわれる。
そんな家にいるのが嫌なのだ。
「はぁ──」
吐くため息は白く消えていく。
視線を夜空から人混みに移す。
絶え間なく人々は行き交い、肺が凍えるほど寒い空気をその熱で温めていく。
その中に1人、不穏に動く影が見える。
ゆらりゆらりとおぼつかない足取りで歩く男。
その顔は醜く歪んでいた。
やがて周囲の人間たちもその異常さに気が付き、男を中心にブラックホールを作り始めた。
そこでひとつの悲鳴が上がった。
人混みの隙間から目を凝らす。
そうすると直ぐに何が起こったのか理解出来た。
男のすぐ側に立っていた女性がナイフで切りつけられていた。
致命傷という訳ではなく、腕の皮膚に数センチの切込みをつけられていた。
やがて周囲の人間は声を上げながら、恐怖という感情に背中を押されながらその場からかけ出す。
その光景を見る、いや、見つめる僕の頭はやけに冷静で、とても冷ややかだった。
「──はぁ」
吐き出す息は白い。
いつの間にか、切りつけられた女性と、周囲の人々はその場にはもう居なくて、そこに居るは、僕と、白い少女だけだった。
僕から少し離れた場所に立つその少女は、髪が白く、目は透き通るような白縹色で光を帯びていた。その横顔はよく鼻筋が通っていて、抜けるような白い肌は、冷気で紅く染められた頬を、いっそう目立たせた。
そしてその顔は恐怖に飲まれているように見えた。
僕はどうしてここに立っているのか。
もしかしたら──
あの
男は、活動を再開させる。
その手に持つナイフは、街灯に照らされてきらりと輝く。
「うひぇ──っ」
奇怪な声を上げて、その男は、少女の方向に走り込み、ナイフを構える。
「あ──」
間抜けな声をあげながら、僕の体は勝手に動いていた。
時間はとても緩やかだ。
全ての物が止まっているように見える。
その時間の中、僕の足は少女の方へと足を踏み込んでいく。
そして、僕は少女を庇うように、男の前に立ちはだかる。
男はナイフを腹部に構え、刃をこちらに向けながら駆け寄ってくる。
やがて、腹に熱が刺さった。
「がっ──、あっ──」
地面に背中から倒れる。痛みはない。
ただただ、腹が熱い。
男は顔を、今回は恐怖に歪ませて、その場から走り去っていく。
少女の顔は見えない。
顔が見たかった。白い彼女の顔が。
「あっ──、あ」
指先が冷たい。
意識もなくなりかけている。
視界も黒く、だんだん狭くなっていく。
「──か!────ですか!」
誰かの声が耳の奥に突き刺さる。
今はその声を意識することさえ面倒だ。
もう、感覚がない。
考えることさえくだらないと思える。
ああ、そうか、僕はここで死ぬのか──
◈◈◈
目を開けると、木製の天井が目に映った。
「ここは…」
「あ!起きました!篠田さん!起きました!」
女の子の声が聞こえる。寝起きの頭にはキツい。
寝転がったまま、首を右に向ける。
そこには、白い少女がいた。
「きみは──」
その言葉の意味を汲み取ったように少女は口を開く。
「はい、私は貴方に助けていただきました」
そして、ありがとうございました。と、礼をされた。
助けた。そうだ。僕は彼女を助けた。じゃあ僕はなんで、なんで生きている。
「僕は、死んだ──」
「いいえ、今は生きています」
少女は僕の間違いのない呟きに、直ぐにそう返答した。
ワケがわからない。
なんだって僕は今こうやって生きて、こうやってこの子と話せているんだ。
「今は生きているって、僕は君を守って死んだろう」
「ええ、貴方は──」
「お!起きたねぇ、さすが死神の子だ」
少女の声を切り裂いて、ドアから入ってきたのは、赤い髪をした女性だった。年齢は25ぐらいだろうか。
ワイシャツとスキニーのジーンズを身につけ、口には煙草を咥えている。
「じゃあ、キリ。彼を起こして私の部屋に連れてきてくれ」
「わかりました。篠田さん」
そう言って、『篠田』と呼ばれた女性はドアを開けて部屋を出ていく。
そして再び、この部屋は『キリ』と呼ばれた少女と僕の2人きりの空間になる。
「それでは──」
「あ、あの!頭が追いついていないんだけど」
少女は、そうですね。と、呟き、
「先程の女性にいろいろと話をされると思います。貴方の命と、これからの貴方について」
その言葉は深い意味を帯びているように感じた。
「それでは行きましょう。案内します──」
そう言われて、起き上がる。どうやら僕はソファの上で寝ていたらしい。
そしてその時に気づいた。
僕の体が人間のそれでは無くなっていることに──
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