第3話

 家の周りをぐるっとまわって、それから近所の家を一軒一軒覗き、棚田で蛇と戦って、最後に下の村の猫たちを威嚇してからまた家に帰る。それが私のいつもの見回りのコースで、今日も村は平和だった。

 昼になり、ばあさんは今日もご飯を用意して、私を呼んだ。


「ニャーコ、ニャーコ、お昼だよ」

「なーお」


 私は外でちゃんと食べてきてるんだから。何度言ってもばあさんは分かってくれないな。

 人間よりも猫の方が賢いから、人間は猫の言葉を理解できないんだろう。それは仕方のないことだ。私が分かってあげればいい。


「ニャーコ、聞いておくれ。来週は久しぶりに、息子が孫を連れて来るんだよ」

「にゃー」

「孫ももうすぐ結婚するんだと。曾孫が生まれたら、またこの家も賑やかになるのかねえ」

「なーん」

「今年はトマトもキュウリも、少し多めに植えておこうかねえ」


 今でも野菜は余るほどだが、ばあさんがそうしたいなら好きにすればいい。余れば少しくらいはタヌキに分けてあげようか。


 ガタン。


 午後の散歩に出かけようとしていた私の耳に、いつもと違う音が飛び込んできた。


「う、うう……」


 慌てて振り返ると、ばあさんが台所の床の上に倒れている。


「にゃーっ、にゃーっ」

「うう……」


 どんなに呼びかけても、唸るだけだ。

 ばあさんから不吉な匂いがする。死が近寄ってくるような、そんな匂いが。

 だめだ。ばあさん、しっかりして! 孫が久々に遊びに来るんだろう。起きて!

 呼びかけて、舐めて、思い切って噛んでみてもばあさんは起き上がらない。

 こんなときって、どうすればいいんだ。


 そうだ!

 人間を呼ぼう。


「にゃーお、にゃーお」

「あら、猫の鳴き声?」

「いや、気のせいだって。今日は風が強いからなあ」

「にゃーお、にゃーお、にゃーお」


 呼んでも呼んでも、隣の夫婦は出てこようとしない。ああ、人間の言葉が使えたら。今だけでいいので人間の言葉が!

 ばあさんを助けてやって!

 誰か!


「にゃーーーーーっ」


 私は力の限りに叫んだ。


「やっぱり何か聞こえる気がするんだけど」

「隣の柿谷かきやのばーさんが呼んでるんじゃないか?」

「えっ? そうかしら? だったらちょっと見に行ってみましょう」

「ばーさんももう、いい歳だからな」


 隣の夫婦がばあさんの家を覗き、大きな声を上げる。

 嫁の方が慌てて電話をするために家に帰り、それから小さな村は大騒ぎになった。

 下の村からたくさんの人が来て、ばあさんは車で運ばれて……そして家の中は静まりかえった。


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