第2話

 息子や孫がどこかへ帰った後しばらくの間、ばあさんは私を抱きしめて、放してくれない。そして私に向かって長々と喋るのだ。息子たちが小さかった頃の話や、まだ連れ合いがいた時のことを。

 私には分らない言葉も時々あったが、小さい頃からずっと聞かされていれば、ある程度は覚えてしまう。

 ばあさんの連れ合いは無口で不愛想な、面白みのない男だったらしい。そして不思議なことに、ばあさんはそんな連れ合いのことがたいそう好きだったようだ。

 若い頃の苦労話はただただ大変だとしか思わないが、ばあさんの顔はふんわり柔らかい。もしかしたら惚気のろけなのか?

 つくづく不思議だ。

 連れ合いの話をひとしきり私に聞かせた後、仏壇の写真をしばらく眺めてから、そっと手を合わせる。それを見ると多分、連れ合いは死んだんだろう。けれどばあさんは「遠くへ行ってしまったんだよ」と言うばかりで、決して死んだとは言わない。だからもしかしたら、連れ合いは遠くへ行ったまま迷子になっているのかもしれない。ここは本当に山奥にある隠れ里だから。


 ◆◆◆


 この村には家が十軒くらい建っているがそのうち半分は空き家で、住人だって全部で六人しかいない。

 舗装されていない山道を下ると、麓近くにはもう少し多くの家がある。そこには私と同じような猫も住んでいるが、気が合いそうにない。だから上の村に上がってこないように、毎日の見回りは欠かせない。

 隣の家にはばあさんよりは少しだけ若い夫婦が住んでいて、ここが村で一番賑やかな家だ。食べるものもいっぱい置いてあるからか、ネズミも多い。ばあさんのことを気にかけてくれるので、お礼もかねてネズミを見つけたら狩ることにしている。


「あら、猫の鳴き声?」

「いや、下の村の猫はここまで来ないからな。気のせいだろう」


 庭にいるのを見つかったら、ばあさんに苦情が行くかもしれない。ネズミを捕ったら早々に次の場所に行こう。


 村はあまり広くないが、どの家にも畑があって野菜は自給自足だ。ばあさんたちは誰も狩りをしないので、私は小さい頃、肉はどうするんだろうと心配していた。もっとたくさんネズミを狩ったほうがいいのだろうかって。でも時々誰かが車で運んできてくれるのが分かったので安心だ。

 私は野菜畑を荒らされないように、タヌキやイノシシを追い払えばいい。鳥は食べられるから、うえるかむ。


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